2013年09月12日

12回目の9月11日<前篇>

7月に発表された「ハワイの日系スーパーマーケットの、同じく日本食を扱う会員制スーパーマーケットの買収」について、その後をずっと興味深くウエブ新聞やらSNSやらブログやらで様々な情報や感想を読んでいる。


2013-06-29 11.39.27.jpg 2013-06-29 12.30.11.jpg

このハワイの日系スーパーマーケットというのは、日本中でおなじみの大型ディスカウントマーケットのことで、かつてホノルル市の同場所で営業中だった日系スーパーマッーケットのDを買収し2006年からハワイへ進出していた。
(そういえばこの場所はDの前はHという日系スーパーマーケットだったわけで、つまりこの場所は昔から買い物客にとっては名前こそ違えどずっとそこは日本食材等を買うためのスーパーのある場所だったということには何の変わりもない。)


対して今回買収される側の日系の会員制スーパーマーケットというのは、西日本を拠点とする貿易商社からはじまり、1965年にハワイへ進出し、そしてその後は加州へ発展し、現在ではLAを中心に加州に10店舗、そしてハワイには2店舗展開している老舗の日系会員制スーパーマーケットのことだ。


その老舗の米国法人が今世界進出を計画実行中のこの大型ディスカウントマーケットに9月末日をもって買収される。


2013-06-29 12.45.16.jpg 2013-06-29 12.45.23.jpg 2013-06-29 12.46.43.jpg


尚買収する側の担当者によると「会員制スーパーマーケット側の社員の人事や雇用を含め、経営内容をすぐに変える計画は今のところない」と話しているそうだけど、もちろんそうだろう、すぐにはない、当然だ。

そしてそれは、すぐにはしないが、その時が来たら、買収する側の計画案に基づき変更がされていくということだ。

そうでなくては買収する意味はない。
 


2013-06-29 13.38.32.jpg 2013-06-29 13.53.51.jpg


実はこの会員制スーパーマーケットに勤める社員の中にはかなりの数の日本からの人がいる。

米国法人としての同社がわざわざ日本で募集広告を出し採用した、つまりビザを発行してわざわざ採用した社員が多く働いている、ここはそういうスーパーマーケットだ。


とすれば余計に今回の買収により、今後のことを様々に考える必要のある社員もまた少なくない、ということだろう。 

そのことについてをついつい一番最初に考えてしまう。


2013-06-29 13.54.21.jpg 2013-06-30 10.21.58.jpg



周知のように米国の労働ビザには幾種類かあり、スポンサー(雇用主)がいる限り、更新にほぼ制限がないビザもあれば、更新の回数に制限があるビザもある。

しかしどういう種類の労働ビザであれ、それは非移民ビザであることには変わりなく、つまり移民ビザであるいわゆるグリーンカードのようにそもそも雇用主に左右されずに米国内で自由に職に就くことのできるそれを持たない限り、会社を辞めるということはイコール帰国することを意味するのも、これは海外で働いている人の現実なのだ。


帰国したくなければ、新たにビザをサポートしてくれる雇用主を探すか、あるいはそれまでは石にかじりついても辞めないことだ。


2013-06-30 10.22.51.jpg 2013-06-30 10.24.40.jpg

グリーンカードを取得するためには、実は雇用主からのサポートも不可欠だ。

グリーンカードを取得後にいきなり失業し、すわ米国の失業保険をかすめ取られては、そもそもグリーンカードを発行する米国側のメリットはない。

つまりグリーンカードはあくまで、米国に対して有意義な人に対して、メリットをもたらす人に対して発行されるので、なので、最低限取得後のその人について保障をしてくれる人や法人が必要となる。

それは多くの場合、今労働ビザを発行してもらい働いているその会社がスポンサーとなり、つまりグリーンカード取得後もその人を継続して雇用しますよ、という保証をしてもらうことが必要となる。

2013-06-30 10.48.13.jpg 


グリーンカードを取得するということは、つまりその後はその会社を離職しても米国内にとどまれることでもある。

そして再就職にあたっては当然新たなビザの取得は不要となる。

つまり自由に働く場所を選べるということになる。

でもこのことはつまり、わざわざグリーンカードを取得させるために保証人やスポンサーにまでなってあげて、でもその後もし即辞められでもしたら、、、つまりグリーンカードを従業員にとらせることには本来雇用主にはメリットは何もない、逆にデメリットの方が多いことなのだ。(手間暇や責任が増える分デメリットは逆に多い)


労働ビザで働く社員にとり、辞めることは即帰国である以上、社員はたいていのことに我慢して働くだろう。

本来はこのままにしておくほうが雇用主にとり合理的なはずだ。

しかし、それでも多くの雇用主は、このデメリットを敢えてしてくれる。


それはきっと何十年前の自分もしてもらったことだから。

海を渡り覚悟をもって異国で必死に生き抜いている同胞の後輩へ、やはりそれはやらずにはいられない。

それと同時に、先輩はきちんと見てくれている。

その後輩が、この国で本当に生きていけるのかどうかを。

その覚悟を感じ取って、だからこそ敢えてデメリットを承知でサポートしてくれるのだ。



2013-06-30 10.53.52.jpg

今回買収されたこの会員制スーパーマーケットでも、多くの従業員たちがグリーンカードを申請中で、その後の未来をそれぞれにきっと夢見ているだろう。

おそらく今現在申請中の従業員のそれは買収する会社がスポンサーを引き継ぐのだろうけど(是非そうあって欲しい)、問題はまだ申請していない従業員たち。

きっと今回の件を受け、早晩帰国を考えなくてはならなくなる従業員もいることだろう。
 

2013-06-30 12.23.35.jpg 


ビザというのは異国で暮らす人にとり非常に大きな問題だ。


米国の場合、非移民ビザである労働ビザはあくまで入口だ。

この国である一定期間一定会社で働くことを許可されたにすぎない、いわば帰国することを前提として発行されたこれはそういうビザなのだ。

だから労働ビザは非移民ビザなのだ。

2013-06-30 14.08.15.jpg

しかし永住権(グリーンカード)は違う。

これは米国で住むためのビザ。

だから移民ビザなのだ。


住むためにはお金が必要、だから働くことに制限はないし(米国の場合永住権では一部公務員等にはなれないけど)、そして当然義務としての米国への毎年の納税も伴う。

そもそも目的が違うのだ。 


2013-06-30 16.14.47.jpg

さて今回の買収劇を経て、「いやいや、何があっても帰りたくない、このまま住みつくための道をこれからか必死で探してみせる」、あるいは、「良い機会だ。これも何かの運命だ、日本へ帰るか」、と大きな決断を下す従業員もいることだろう。 


こういうことは、ある。

ある日突然、自分の力の及ばないところで、決められたこと、決まったこと、起こったこと、起こってしまったこと、そういうことによりある日突然人生の岐路に立たされることは、ある。

それは何も異国に住む人に限ったことではない。
 


ただ個人的に、僕自身が長く住んだ米国でかつてそういう岐路に立ち、その後帰国したという経験を持つだけに、ついつい彼らのことを過度に想像してしまう。 


何しろ、長く異国で生活していると、その国での生活習慣に慣れていけばいくほど、帰国したときの反動は大きく、母国なのに生きにくく、そして苦しい。

まして他人は、外国人の異国でのカルチャーショックということは比較的理解してくれるだろうけど、帰国者のなる浦島太郎感というのはなかなか想像しにくいだろう。

だからついつい玉手箱を開けたい誘惑に駆られてしまう。


2013-07-02 12.38.20.jpg 2013-07-02 12.30.34.jpg


いたいなら、何が何でもいること。

方法は必ずあるから。

頭では探せなくても、PCでは見つけなくても。

動けば、声かければ、勇気を出せば、必ず方法はあるから。 


2013-07-01 13.54.58.jpg


岐路はこれからもあるから、その時には、こうした方が良い、ではなく、こうしたい、の声を素直に感じることだ。


2013-07-02 13.10.00.jpg

自身のことを少し語らせてもらうと、僕自身今から10年前に米国でそういう岐路に立たされた。


そして約10年暮らした米国から帰国することを選択した。
 


2013-07-04 14.08.44.jpg


そして実は今から5年前にも、選択を迫られることがあった。


僕は今から10年前に帰国して、間もなくハワイ不動産関連の会社に職を得て、その後同種の会社へ転じて、最終的に今個人でハワイロングステイに関わる多種多彩なよろず請負の仕事をしているわけですが、、、、、、しかし今現在の姿は、独立するために前に務めていた会社を辞めた結果ということでは全くなく、会社を辞めたのはもっと別の理由で、それは全くに発展的な希望に満ちたものでなく、その真逆に、、、つまり簡単に言うとうんざりして辞めたのが本当で、当時の責任者とはさんざんやり合って、その結果の判断として辞めたのだ。
だから今しているこの仕事は、僕の中では以前の会社での仕事とまったく延長線では結ばれてはいない。まったくの別モノという意識しかない。

ともかく5年前、僕は以前勤めていた会社を辞めた。

そしてその時にまず考えたのは、もう一度米国へ戻るという選択肢についてだった。

米国の会社に就職し、もう一度米国へ戻る、これをまず考え、さっそく求職をはじめた。

結果1社面接の案内を受け取った。


そしてその米国法人こそが、冒頭の今回買収された側の会員制スーパーマーケットだった。


2013-07-04 15.15.40.jpg 2013-07-04 15.18.36.jpg

書類選考をパスした後、ホノルルにて副社長による面接を受け、その後二次面接は東京でわざわざLAから社長が来日しての面接で、幸いそれらを全てパスし、最終的には研修を兼ねてLAの本社へ2週間の体験入社という連絡をもらい、僕は久しぶりのLAへ飛んだ。   


2013-07-04 15.42.18.jpg


長くなりそうなのでこの続きはまた明日以降にします。

アロハ

笹本正明
@海外ロングステイ相談室
http://hawaii-consultant.com/  


 2013-07-17 11.25.41.jpg
posted by 海外ロングステイ相談室 at 12:24 | ホノルル ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ○あの人のきっかけ

2013年09月23日

12回目の9月11日<後編>

米国に住んでいたころ僕が暮らしていたのは、サンフランシスコとそしてその周辺のベイエリア、シリコンバレーで、LAを訪れたことなど数えるほどしかなかった。

2013-07-04 15.25.22.jpg 2013-07-04 15.25.20.jpg

思い出は、サンフランシスコからの7時間かけての一人ドライブ、それと3,4度訪れたユニバーサルスタジオやディズニーランドくらい、、。 

同じ加州でもこの二つの都市の趣きはまったくに違っていて、アップダウンの多い狭い土地に人が密集しているサンフランと違い、平らな景色の中ひたすらだだっぴろい道路が続きそこをたくさんの車ばかりが駆けていて、でもその半面歩道には人は全く歩いていない、そんなLAという街に驚いたことをよく覚えている。


ためしに僕も車をおり、周囲を散歩してみたけど、歩けど歩けど景色は変わらず、たった1ブロックがひたすら遠く、その上の直射日光で、というほとんど悪態だらけの記憶しかない。


もしあなたが散歩好きならサンフランへ是非。

歩いて街を散策、じんわりじんわりその雰囲気を味わってみる、こういうのが実に楽しい街です。年中涼しいしね。

コッポラが通ったノースビーチのカフェでドピオを飲んで、ジャック・ケルアック通りを歩き古本屋を冷やかし、ブロードウエイを過ぎ、全米一のチャイナタウンの熱気をくぐり、再開発のサウスオブマーケットへ、、で、ここまで全部歩きでも十分いける。

もし疲れたら気軽にケーブルカーでもムニバスでも使えばいいし、あるいはその辺のビクトリアン建築の家の階段に腰かけ通る人の姿を眺めたり、坂下の景色を眺めているのもよい、、、。
 

雰囲気のあるしっとりとした街です。

2013-07-04 15.49.37.jpg 2013-07-04 15.49.42.jpg


一方LAに行くなら車は欠かせない。

車に乗ってあなたは日本では決して味わえない壮大さを味わえるでしょう。

その様はまさに「ザ・カリフォルニア」

広―いLA郡は、SFの近未来都市そのままに、郡そのもの丸ごとがテーマパークさながらに、ダイナミックな観光を味わうことができるでしょう。
  



2013-07-04 15.54.43.jpg 2013-07-04 15.55.13.jpg


さてさて、そんなLAに数年振りに、でも今回はもちろんバケーションではなく、これからの将来この街で暮らすだろう為の、そういう研修のための滞在。

ホノルル発LA行きのハワイアンに乗り込み、夜遅くにLAへ間もなく到着する。

かなり久しぶりなはずだったけど、やはり眼下に広がるオレンジ色の明かりたちは、それは紛れもない、懐かしく何度も身もだえた、帰国してこの5年の間、決してずっと忘れたことのなかったアメリカの景色そのもの。


「帰ってきたんだ。」


心からそう叫びたくなる衝動を何度何度もかみしめて、じっとそのオレンジ色を眺めて着陸の時を待つ。


2013-07-04 15.59.20.jpg 2013-07-04 15.59.26.jpg


わずか2週間の研修期間ではあったけど、その間心が解放されていて、充足感を味わっていて、そして驚くほど、あっけなくすんなりと周りの環境や人たちに馴染んでいたと思う。
 


大げさに言うとLAの空港に到着したその瞬間から既に、僕にとりその空間は異国ではなく、逆に安堵感すら感じていたんだと思う。


翌朝からの研修で、次々に初めて出会う人たちとの対話も、初めてという緊張感ではなく、懐かしいという感慨というか、相通じるものというか、そういうその場所その地域のもつ独自の物差し、言葉、感覚が、すんなり入ってくるという、帰属感のようなものを、きっと僕は感じ味わっていたと思う。 


これこれ、この感じ。

この人たち。帰ってきたんだ。


自分の場所に、やっと帰ってきたんだ、帰ってこれたんだあ、とそう素直にそう感じ、嬉しくてたまらなかった、確かにその時そう感じていた。



2013-07-04 16.06.01.jpg 2013-07-04 16.06.21.jpg


実はこの2週間のLA研修に至るまでは、最初の履歴書送付から数えるとゆうに1年の時がかかっていた。


それはつまり以前勤めていた会社を辞めてからこのLA研修までの間まで、まるまる1年定職に就かないでいたということでもある。
 

会社を辞めて、でも僕の場合は、海外の仕事限定で仕事を探していたので、そうそう毎日そういう種類の求人があるわけでもなかったし、仮にあっても簡単に面接までこぎつけられるわけでも当然なく、送った履歴書の数とほぼ同じだけ不採用通知を受け取っていたという数ケ月だった。

2013-07-04 16.46.27.jpg 2013-07-04 16.46.38.jpg


ただ時間だけはたっぷりあったので、求職しながら、傍らで簡単なホームページを開設してみた。

実はこれが今も続いている「海外ロングステイ相談室」です。


2013-07-04 16.46.51.jpg 2013-07-04 16.49.02.jpg

本当はこの「海外ロングステイ相談室」という名称へ変更する前に、実はまだ会社に勤めている時から、ハワイロングステイに関するブログ記事を書いてはいて、そこへ時折来る質問や困りごとに(その時は現役の会社員だったので無記名無報酬で)アドバイスにのるということをやってはいました。

でもアドバイスだけでは、現実には役には立たない、それだけでは十分ではない、つまり実際の相手の立場に立った手続き、相手に必要なコーディネート、堅実な手配、合理的な選択、コスト負担をできるだけ抑えたアレンジ、専門家との交渉、などなどがアドバイスの後には、そういう適切な処置が必要となるのは必至で、なのでその時に求職中で時間もあるし、第一もう自分はどこの会社員でもないのだから、これも同時進行でやってみようか、とそう思い、今までのホームページやブログの内容を一新し、その名称をも「海外ロングステイ相談室」と変更し、やり始めたとうのがこの相談室の始まりでした。


れでも長いこと、米国に住んでいて、しかも僕の場合は駐在員たちのように請われて行ったのではなくあくまで自分で行きたくて行ったわけで、だから何事も自分で、ビザとか住居とか仕事とかそういうすべてのことに対して自分でサバイバルしていかねばならなかったので、でもきっとそういう自分だったからこそ、相談にのれることもあるかもしれない、役に立つこともあるかもしれない、そう思って作ったのが最初のブログでありホームページだったから、多少の自負もあったし、そして同時にあの時の自分に手を差し伸べてくれたこれは先人達への恩返し、つまり今度はそれを自分がする番だという気持ちもあった。


何より向こうに行きたい住んでみたいという人たちの気持ちは、傲慢かもしれないけど僕が誰よりも痛いほど身悶えするほどに理解しているつもりだし、そして大変なこともたくさんあるけどその向こうのたくさんの充足感もうれしさもよく知っているつもりだから。


そしてそれを捨てて帰ってきた時の虚無感についてもよく知っているので、余計に放っておけない。

やってみれば、たいていのことはできる、たとえば専門家の一人にNGと言われても、別の専門家にはあっけなくOKAY言われることもある。

これも僕が経験で学んだことで、だからこそあきらめないことが大切。


どこかに必ず道はある。


そのための交渉の手段としては、拒絶されるぎりぎり手前のしつこさで。
向こうの人は日本のように全てがお客様は神様でないので、あくまで対等なので、あまりにしつこいお客さんにはあっけなくノー!と言って縁を切ってもきますので、その辺はご注意を。
 



でも基本的に言えることは、やはり、海外生活は覚悟と勇気と、希望ですから。エイエイヤーです。
何とかなると覚悟を決めれば何とかなるものです。


2013-07-04 16.56.48.jpg 2013-07-04 16.58.57.jpg


改めてホームページを開設してみると、反響は大きく、相談事はすごくありました。


以前の匿名でのアドバイスだけのそれのときと比べ物にならないほどに、人はセカンドオピニオンを訊く先を求めていて、そしてまっとうな手続きをしてくれる先を求めていました。 


2013-07-04 17.05.10.jpg 2013-07-04 17.08.29.jpg


騙された。

分らない。

日本と違う。

英語のこと。文化風習のこと。システムのこと。エトセトラエトセトラ。

驚くほどに多種多様の相談ごとが持ち込まれてきました。


海外ロングステイ相談室です。

実際その名の通り相談事を受け付けるためのホームぺージなのですから、ほぼ8割9割がネガティブな内容ばかりが持ち込まれます。
 

しかも問題は
海外のことですから、なかなか相談先はありません。 

更には、とりあえずどこに誰に聞くべきかそれを探すすべすらありません。 


結局誰にも訊けないまま、あげくには騙されたとわかっている大本へ相談してみるしか方法がなかったと言う本末転倒な人のケースすらありました。
 


ようやくネットなどで見つけ相談してみても、紋切り型の親切な抽象的な同情の返答だけだったり、たはまた相談するやいなやいきなりお金のこと、それも決して安くないそれの話がまず先にという返答があったりと、、、。 


それくらい相談先のないのが現実だったようで、だから新生「海外ロングステイ相談室」を開設してからは、ハワイで借りたコンドの配管の不具合の相談から、不動産投資にかかわる相談事、非居住外国人としての手続きの仕方、除草剤の選び方使い方に至るまで、ハワイでのロングステイの中で起こり得るだろうあらゆるケースでの相談事がこの小さな「海外ロングステイ相談室」に日々持ち込まれるようになり、それが今なお続いています。

2013-07-04 18.22.00.jpg 2013-07-04 18.31.01.jpg

楽しい相談事の問い合わせやその実務手配の際には、こちらも輪をかけて楽しくなります。

だから、その依頼事にどうやってプラスアルファを加えようか、どんなサプライズを仕掛けようか、そういうことに頭を使うのは実に楽しいことです。

依頼主の知り得ない、きっと想像してないだろうことを、さりげなく盛り込み、その驚き喜ぶ顔をイメージしながら、そしてその目論見が合致して、本当に喜んでもらえたなら、これこそがこうして仕事をしていることの醍醐味です。 



一方では、厳しい悩み事お困りごとの相談の時はどうしてもこちらも気持ちが引きずられてしまいます。

ともかく一人一人違う一つ一つ違う案件なので、「聞く」ということが何より大切で、そこからしかこの仕事は始まりませんので、だからその分ネガティブな相談事が続いた週は、僕自身の知らずに食欲が落ちていますし人相も変わってしまっています。


海外ロングステイの場合、その多くは海外不動産の売買が絡みます。

なのでその悩みというのは大きなお金の損害に通じるので、場合によってはその人のその後の人生そのものを大きく左右します。

こちらもその覚悟でその負のエネルギーに全身で対峙しなくては問題の解決はできません。



2013-07-04 18.31.50.jpg 2013-07-04 18.54.27.jpg
  

「海外ロングステイ相談室」は小さな相談室です。 

ボランティア運営ではないですが、しかし現役会社員のころからずっと今なお相談はすべて無料で行っています。

そして相談の後に、実際に所諸手続きが必要となる場合には、手数料を頂戴していますが、しかしこれは依頼された仕事が完了した後でということにしております。  


2013-07-04 19.21.37.jpg 2013-07-04 19.30.38.jpg


長いこと海外ロングステイに関する相談事を扱っていた経験上、不動産価格にしろ手続き価格にしろ、現地での実際の価格と日本での価格の差異があまりに大きいことが、そしてそのことについての問題意識が意外に小さいことがまず問題だと思っています。
 

海外のことだから、知らないことだから、高くても当たり前、、、。 

夢を見させてもらったから、それだけでも良しとして諦める。  

それはやはり辛すぎます。 


2013-07-04 20.00.56.jpg 2013-07-04 20.01.00.jpg


一例では、ハワイ州で一番日本人の不動産所有者の多い島は実はハワイ島です。

ただ不思議なのは、その日本人所有者の所有している不動産は、その多くが土地なのです。

更にはその所有者の大半は自身の土地を見たこともない、ハワイ島にすら行ったこともない不在地主なのです。


ハワイ島のある地区のある分譲地で何百坪何千坪もある生土地が、日本人にとっては驚くほどの安価で現地市場で売られています。

しかもそれは現地市場では有り余るくらいの売り物件がたくさん常にあるという市場です。

そういう土地なのにもかかわらず、たとえば、さもそこが特別な土地区画のように思いこませ、その人だけがその特別な土地を特別に買えるのだと言葉巧みに信じ込ませ、現地市場で売られている価格の何倍もの価格で売るという行為。

シンプルに考えても、たとえば仲介手数料ということで考えて置き換えてみると、それは本当の市場での物件価格のいったい何倍になっているのだろう。

恐ろしくなります。
 

ちなみに比較的高額なタイムシェアの再販における仲介手数料にしても、それでも20%前後くらいです。

普通のハワイ不動産なら(物件価格によりますが)6%から10%くらいなものです。


更には、そもそもこういう手数料というのは、「あらかじめ手数料の%をお客さんへ伝えた上で、それをお客さんが了承した上で契約を結ぶ」のが当然です。これは業者の最低限の情報開示義務でもあります。 

しかし件のハワイ島のある地区の不動産区画の場合、例えば実際の現地の市場価格との差異は、実質手数料で置き換えていうと、600%!!あるいは1000%!!です。

その上この数字の内訳についての開示はまったくないわけで(開示したら誰も買わないからでしょうが)、つまりお客さんにとっては、この提示された(実質手数料600%込みの)金額が本当の物件価格だと信じて購入させられたということです。 


2013-07-06 09.01.03.jpg 2013-07-04 20.01.32.jpg 


購入するということは、いずれ売却する時が必ず来ます。 


そしてその時に初めて真実を知ることになります。 


そしてこう思うことでしょう。

自分は●●●万円で購入したのに、そんな安い金額では売ることはできない。 

と。

しかし購入時に未開示のうちに転嫁されたこの600%の手数料は、当然再販時にはそれらを含めて市場に出せるはずがありません。

出したところで売れないのですから。(でも現実にはそういう高額で再販をしようと現地MLS市場にずっと長い間掲示されたままもうすっかり忘れられたままの売り物件はかなりあります。しかもMLS市場に掲示されたままということはつまり専属専任契約の解約もされていないのですから、他の選択肢も行使できません。ずっとそのままです。)
 

2013-07-04 20.02.23.jpg 2013-07-04 20.02.27.jpg

その間に、今度は二次被害三次被害にあってしまう場合もあります。 

亜熱帯の土地は自然豊かです。豊か過ぎて時に木々の成長は日本の所有者の想像の域を遙かに超えてしまう場合もあります。

その場合の責任も義務も当然所有者にあるのですが、そのことを利用した新たな被害の実態もないわけでもありません。


その他二次被害となる危険性があるタイミングは、たとえば
所有者が故人となった時のこと、再販を試みる時、、、、などなどです。


そういう時こそ必ず
セカンドオピニオン、サードオピニオンを得るということを必ずして、もう二度と更なる被害には合わないように自身で十分に気をつけなければなりません。
 

「おまかせ」にだけは絶対にしないこと。 

自らが納得するまでしつこく質問を繰り返すことです。       


2013-07-05 14.58.18.jpg 2013-07-06 09.01.09.jpg



5年前、LAでの研修が終わりになるにつれ、何をかを考えることが多くなりました。
 


自然と溶け込めている場所、自分が自分でいられる場所、やっぱり海外って、やっぱりアメリカってほっとする。
 

そこで生活できているだけで嬉しい。 

やはりここが僕の場所。

   、、、、、だけど。  



2013-07-06 09.53.53.jpg 2013-07-06 09.56.22.jpg


LAでの研修を終え、そのまま6時間のフライトでホノルルへ戻りました。
 

このとき実は「海外ロングステイ相談室」宛に来たある依頼事のためにホノルルに滞在していて、その仕事終わりで向かったLAでしたので。 


ホノルルの借りている家(最初の頃の相談者が所有している別荘で、その後今に至るまでずっと家族のような付き合いをさせてもらっています)に戻り、2週間ぶりにPCを開きメールをチェックします。
 

LA最後の方に再三感じていた「だけど」を、やはりここでまた思います。  

そしてLAで買ってきた濃いピーツコーヒー(サンフランに住んでいた当時からのお気に入りのコーヒー)を淹れて、この2週間分のたまりにたまったメールに一つ一つ返信を打っていきます。

新しい相談者からの相談事に返信を打ち、そしてその後即、ハワイ島の弁護士にもメールを入れ、リアルターからは最新のMLSを取り寄せます。

仕事スタートです。

「だけど」は、もう「やっぱり」に変わっています。    

2013-07-06 10.08.20.jpg 2013-07-06 10.18.31.jpg




人生における岐路は時々ある。 


そしてその時には、こうした方が良い、ではなく、こうしたい、の声を素直に感じること、だと思っています。 


でも僕は10年前の岐路、こうした方が良い、と考えて、帰国することを選びました。  


それから5年が経ち、今度は素直に「こうしたい」と感じて、今なおこの「海外ロングステイ相談室」の仕事をしています。  


個人で運営している小さな相談室です。 

ただその分すべてが、僕自身で決めることができます。 

相談者の担当者は最初から最後までずっと僕です。 

上司の意見で、会社の方針で、やむを得ず本意としないことをすることはありません。 

あなたから話を聞き、そして一緒に考え、一緒にゴールを目指します。  


2013-07-06 10.20.18.jpg 2013-07-06 10.20.32.jpg


そしてこの仕事は、少なからず、自分にとっては、義務とも思ってもいます。
 


使命と言い換えてもいいし、あるいは責任と捉えているのかもしれません。
 

傲慢に聞こえるかも知れませんが、そしてこれは僕にしかできないことだろうと、半ば本気に思っていますし、僕がやらなくてはならないこと、やるべきことだと本心でそう思っています。 



2013-07-06 10.52.42.jpg 2013-07-06 13.08.44.jpg


 「ハワイの日系スーパーマーケットの、同じく日本食を扱う会員制スーパーマーケットの買収」について。 

ウエブで読んでいるハワイの新聞記事で、今回のこの買収の記事を読み、まっ先に浮かんだのは、LAの研修先で会った、そしてとても親切に接してくれた皆の顔々でした。

そしてあの風景と、空気感。

そしてオレンジ色の灯り。 


グリーンカード申請中の従業員たちにはきっとそのままスポンサーが変更しても継続されるかもしれない。 

でもまだ申請されていない従業員たちはどうなるのだろう。 


その思いを味わったことがある一人なだけに、今回そういう従業員の思いを想像せずにはいられない。  


2013-07-06 13.09.01.jpg 2013-07-06 11.43.46.jpg


10年後、20年後、30年後、皆の見る景色がどこなのかそれは誰にも分らない。


ただその時どの場所にいてもあきらめずに、それを切り開いていこうと、望む未来へあきらめずに進もうとすることは、ずっとできる。 


今回の買収劇でもし不運にもいったん帰国へとなったとしても、あきらめなければ必ずまたその時が来る。 

その時を引き寄せてみせるという強い気持ちさえもっていたら、必ず引き寄せることができるものだと思う。  

12年前のあの日、僕はあの街にいた。 

そして今はここにいる。 

でもこの想いは変わらない。  

アロハ
笹本正明
@海外ロングステイ相談室
http://hawaii-consultant.com/  
 

2013-07-06 11.11.29.jpg
posted by 海外ロングステイ相談室 at 14:06 | ホノルル ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ○あの人のきっかけ