2019年10月11日

日本のハワイ島不動産会社(1)

まだ、ある。

手を替え品を替え、まだやっている。

最初の「そこ」から枝分かれして、いくつかの「日本のハワイ島不動産会社」の経営者となった幾人かが既に故人となった今でも、しかし遺族や後継がそれらを引き継いでいる。

あるところは社名を変え、あるところはやり方を変え、でも根っこは同じところに繋がっている。

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それは日本の海外不動産取得が自由化された1970年代に遡る。

一社の日本のハワイ不動産会社から、それは始まった。
そこにはハワイ現地のいくつかの”本当の”ハワイ不動産会社数社、会計士、弁護士、日本の”本物の”大手不動産会社、そして某政治家秘書などが関係していた。
日本人投資家相手に、例えばハワイ島プナ地区のアイナロアやハワイアンショアーズなどの土地を350万円から500万円ほどで売っていた。それらは当時、現地では2,000ドルから3,000ドルほどで売られていた土地区画だった。
他にも、ブラックサンドビーチ、ハワイアンエーカーズ、ナナヴァレ、エデンロック、ファーンエーカーズ、ハワイアンパラダイスパークなどなど、ハワイ島東側の地域が主だった。

そこから一社が独立し、主にハワイアンパラダイスパークを扱うようになった。そしてやはり数千ドルの土地を数百万円の金額で日本で売り出した。
現在でもこの会社はそのままの社名で現存する。しかし今ではハワイの不動産ライセンスを持ち、ホノルルの不動産を”正規に”扱っている。

最初の日本のハワイ不動産会社が閉鎖となると、続いて幾人かも独立した。
やがて、アイナロアを主に扱うもの、ハワイアンショアーズを主に扱うもの、と暗黙の棲み分けができた。

顧客は日本中の投資家たちだった。日本では正に土地神話の時代で、不動産は、とりわけ土地は日々値上がりしていった頃だった。そこへ当時夢のハワイの、時にカリフォルニアなどの土地を、更なる投資資産として向けた。
アイナロアを扱う会社は、日本各地の不動産会社を代理店とし、各地元の名士や富裕層をターゲットとした。
一方のハワイアンショアーズを扱う会社では、新聞で反響広告を打った。
皆日本で、居ながらにしてハワイ島の土地を売った。

その頃、最初の日本のハワイ不動産会社を起こしたパートナーたちは、あるものはヒロ現地へ移住しそこで不動産会社を始め、あるものはホノルルで飲食業を起こした。またあるものは日本で政治家を目指した。

その後時代は変わり、投資目的で土地を売ることから、建築をし実際にロングステイをする提案へとシフトしていった。ちょうどバブルが弾けた後頃だった。
90日間のビザ無し渡航が可能となり、ハワイ旅行はごく近いものとなった。

価値観はモノよりコトへと変化した。

ハワイでの長期生活は、もう夢ではなく現実のものとなった。

新聞広告で顧客を募っていたハワイアンショアーズを主に扱っていた会社が、この時期から顧客数を一気に増やしていった。

遅れてアイナロアを主に扱う会社もこの頃にはスポーツ新聞での反響広告を始めた。


最初の日本人ハワイ島土地所有者たちの名義変更や相続手続きが始まったのもちょうどこの頃からだった。

〈続く〉

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笹本正明

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posted by 海外ロングステイ相談室 at 10:39 | ホノルル ☁ | Comment(0) | ○ハワイ不動産の裏側