2008年06月12日

その人のきっかけ #2

カリフォルニア在住のN君の場合

最初はニュージーランドに行ったんじゃなかったっけ?

18歳から19歳になろうとしていた頃、君は仲間内で一番早く海外に、しかも旅行じゃなくて住むために、行ったよね。

その時僕も何人かと一緒に君を成田まで見送りに行きました。
「いいなー」
僕にとっては生まれて初めての成田だったんだ。
ホント、僕も飛行機乗りたかったよ。




でもさ、それから10年近く経って、まさかカリフォルニアで君と再開できるとは、あの時はもちろん想像もしていなかったね。

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N君の叔母さんはニュージーランド人と結婚していて、現地で日本食レストランを経営していたのです。
第一志望の大学に落ちてモンモンとしていたN君の家へ遊びに来ていた叔母さんが「じゃあ気分転換にしばらくウチおいで。店手伝ってくれればただで泊まらせてあげる」その一言で浪人中の彼はニュージーランドに旅立ちました。
誰もがN君はすぐに帰ってくるもんだと思っていたけれど、結局今現在もアメリカ在住、かれこれ海外生活通算四半世紀にもなるんじゃないのかな。わからないものです、人生は。


ニュージーランドにはワーキングホリデーがあり、彼のような若者は短期的な職に就きながら一定期間生活をすることができます。
数ヶ月から1年くらいそこで働きながら学び、再び日本に帰っていきます。

叔母さんのレストランにも日本から渡ってきた若者が何人か働いていて、若い男女がにぎやかに団体生活しています。
さながら昔のニュージーランド版“あいのり”といった感じですかね。

N君はここで働き、恋愛し、英語を身につけます。
初めて魚を捌き、テリヤキチキンを焼き、英国風の英語を覚え、年上の彼女を作ります。


そして次の年にはオーストラリアに渡ります。
3つ年上の彼女と一緒にです。
オーストラリアへは彼の意思ではなく、彼女のもともとの計画ということで渡ったようです。
でももちろん彼に依存あるはずはありません。
そろそろ叔母さんという身内から離れたくなっていたし、違う国に渡ることにも興味もあったし、何よりそこで彼女と二人っきりで暮らせることは嬉しくないはずはないのです。


スシはまだメジャーな日本食ではない頃です。
彼はオーストラリアでひたすらテリヤキチキンをクックします。
バンバン焼いて、バンバン、タレかけます。
「テリヤキのN」と、この頃呼ばれていたそうです。

彼女はフロアーを走り回ります。
愛想を振り撒き、すっかり板に付いた英国風の発音の英語でお客さんと会話します。


仕事が終わると、二人はアパートに戻り、彼女の家族が送ってくる日本のテレビドラマのビデオを二人で見て、それからひとつベッドで眠ります。
休みの日には「地球の歩き方」を見て、それに載っているお店、観光名所を二人で訪ねます。
そういう生活を半年ほど続けていました。


やがて、彼は格安な世界一周旅行のチケットを一枚だけ買うことにします。
彼女が日本に帰ることを決めたからです。

それは彼女がこの地に来る時に交わした家族との約束の時期であったし、何よりワーキングホリデーには必ず終わりが来るものなのです。

二人が今後も一緒にいるためには、彼も帰国すれば良いことでしたが、でも彼の選択肢には帰国の文字はありませんでした。
彼は海外で暮らすことに既に目覚めていたのです。


オーストラリアは気に入っていました。
でもこのまま一人でオーストラリアで暮らすことは嫌でした。
かといってニュージーランドに戻ることも、気に入りません。

彼女との思い出はどちらの国にもありそこから逃げ出したい気持ちもありましたが、何よりも、もっと知らない場所に行ってみたい、そういう気持ちがふつふつと湧き上がっていたのです。



世界一周チケット、その最初の寄港地はハワイでした。

後年酔うと彼は僕によく言っていました、「ハワイだけは絶対一人で来るところではない」、と。

でも僕は仕事で度々一人でハワイ、来ることあります。
言うほど悪くはないものです。


多分、、、、彼のその時の風体に問題があったような、気がします。
ワイキキでカラカウア通りで、バックパックを背負ったひげもじゃの男性が一人きり、、、、。
モアナサーフのバーでパイナップルの付いたマイタイを飲み、YMCAに戻る日本人バックパッカー、、、、。
しかも失恋したばかり。
良い思い出作れそうにありません。

その格好ならせめてダウンタウンかいっそ足を延ばしてネイバーアイランドへ行けば少しは楽しめたように思うのですが、、、。
キングストリートやカイルア、その辺りでもいいかもしれません。
いずれにしてもその時の彼には、ワイキキよりはどこでもマシのように思います。

ワイキキは人口の観光レジャーエリアです。
失恋したばかりのバックパッカーには、寂し過ぎます。


彼は今でも「ハワイ」という言葉に過剰反応をします。
気の毒ですが変なトラウマできてしまったようです。

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3つ年上の彼女は帰国後、カリフォルニアの彼宛に手紙を書きます。
渋谷ロフトに就職が決まったこと、そして彼のために日本のテレビドラマを取り溜めていること、そういう内容です。

彼と彼女のそんな手紙とビデオのやり取りは、彼女がロフトを辞めて、やがて大阪の人と結婚するまで続いたようです。




彼の世界旅行はハワイの後、カリフォルニアへ向かいました。
そしてどういうわけか、今でも彼はそこで暮らしています。

後年再開した彼は僕にこう言いました。オレはまだ世界旅行の途中なんだ、だってここでまだ2つ目なんだぜ。


グリーンカード取得、それに釣られてその地で暮らすことになったN君。

でも取得してからも今もそこで暮らしています。
もう20年になります。

「テリヤキのN」は、今ではカリフォルニアでも有名なスシシェフの一人になっています。


次回はN君の波乱に満ちたアメリカ生活について書きます。


posted by 海外ロングステイ相談室 at 21:31 | ホノルル ☁ | Comment(1) | TrackBack(0) | ○あの人のきっかけ
この記事へのコメント
沢山の人達が 荒波の中 時としては 濁流の中 溺れそうになったり流されそうになりながらも 泳ぎ続けているのですよね
 
自分が何処に居るのかさえ 解らないような時にも、何処へ向っているのか 周囲も見えなくなる時にも、遠くの光に向って その心は開いているのでしょう。
 
悲しみや虚しさ 果てない孤独 闘いのようなサバイバルやチャレンジも 喜びも幸せも 自信も達成感も かけがえの無い大切な宝物の思い出たくさん・・・ 

明暗様々 マイナスプラスの綴れ織り・・・ 

全てをその都度 ヨイショ!と BackPackに詰めて、Ready to go? 
生命力のなせるわざ・・・
素晴らしいEnergy 素晴らしいSpirits 
旅は続くのですね ずうっとね・・・

素敵なお話し 心のお話し 読むのがとても楽しみです。 
Shareしてくれて どうもありがとう。

次のページもこれから読ませて頂きますね

追伸:Waikikiエリアは”傷心一人旅”には 寂し過ぎるかも知れませんね。 
海と空が奇麗過ぎて 風が甘過ぎて。 そしてトロリーバス満載の観光客が動くペースが少し早過ぎて・・・

貴方の仰るように、他の島の方が適していたかもしれません  
Hiloのダウンタウンなど如何? 
剥げかかったペンキの看板 軋むドアの音 ゆっくり歩く猫 レトロな空気・・・ 
時折時間止まっていたりして Laidback,Fading … 
優しい旧友のあの暖かさみたいでしょ。
  
ALOHA (:
Posted by CHIZ at 2008年11月20日 08:24
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