2008年07月03日

ドバイで、再び出会いたい。

会いたい人たちがいます。

アメリカで出会えた外国人の友に、、、、そして渡米前の日本の友人たちに、、、。

今どこで何をしているのだろう。

ともかく元気でいてくれたら、それを願うだけです。

そして大袈裟ではなくお互いの人生の中でもう一度、どこかせめて、すれ違うことが出来たら、、、、。

日本に戻ってきた今、もちろん毎日ではありません、でも時々街を歩きながらつい誰かを探してしまっていることがあります。

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言い訳になりますが、当時携帯電話は普及していませんでしたし、ウインドウズはまだ発売前でした。
住所と電話番号、手紙か電話、連絡手段はそれだけの時代でした。

それでもまめに連絡を取り合い、連絡先をきちんとノートにメモしていたら、今でも連絡を取り合うことはできたはずです。

僕の不精のせいで今では偶然の出会いを待つ以外再び出会うことはできません。


キミは今もカリフォルニアのどこかの街にいるだろうか、
それともデトロイトに向かっただろうか、
それともソウルへ帰っただろうか、
あるいは国を変えニュージーランドで暮しているだろうか、、、。

MIXIで探そうにもキミは日本語読めないし、ソウルや中国にでも居られたら、英語以外の言語、今度は僕に分からない。

どうして、最後に会った時、キミのソウルの実家の住所聞いておかなかったんだろう、、。


携帯電話のCMをするつもりはないですが、今は本当に便利になりました。
今なら、携帯の番号、メールアドレスそのどちらかでも分かっていれば、連絡つけようがあるのにね。
大切な人なくさなくてもすむのにね。

ほんと、そう思います。
今ならね、、、。


当時、僕が渡米した頃はポケベルがこれから流行り出す、そういう時期でした。

nomo.jpg

連絡は当然家電か手紙だけの時代です。
僕も渡米した最初の頃は日本の友達に向けて手紙書いたものです。
時々電話もしたものです。
でもアメリカで、少なくても年一回、多い時には2度3度と引越しをするような生活をおくっているうちに、そして毎日どっぷりと生活に追われていくうちに、やがて筆不精になっていきました。

そのうちこちらが引っ越したり、向うが引っ越したり、ふと思い出して手紙書いた時には手遅れで転先不明になっていたりしました。
「ふと思い出して」っていっても、思い出すまで5年も経過していたらそうもなります。

実家の住所が分かってる人の場合なら大丈夫でしたが、東京で一人暮らし同士で知り合った人とはそのまま、結局それっきりです。

どこで何しているか、アメリカから帰国した今でも分かりません。

でも同じ日本人です。
今は海に囲まれた同じ陸地で暮しています。
だから可能性はあります。
いつかどこかで、この東京で突然ばったり会えるかしら、そのことは正直楽しみでもあります。


でもアメリカで知り合った外国人の友たちとは、やはりもう難しいかもしれません。

ただこんなこともあります。
去年僕がハワイに行ったとき、ホノルルのダウンタウンでばったり昔の知り合いに出会いました。
昔カリフォルニアに住んでいる頃よく通っていたカフェのママさんとです。
偶然です。
でもばったり出会ったんです。
その時はお互いほんと、びっくりです。「えっ、え、えー!」てなもんです。

そういうこともあるから、人生おもしろいです。

だから諦めてはいません。オーストラリアで、ドバイで、キミともどこかで再び出会いたいものです。

そしてその時、僕はキミに何て言おうか。

うまく言葉出ないかもしれない。
照れくさいかもしれない。
泣いちゃうかもしれない。

少し昔を懐かしみ、やがてまたそれぞれの現実に戻っていくだけかもしれない。


たとえそうだとしても、やっぱり会いたいのです。


元気でいてください。

元気でさえいれば、またいつかきっと出会うこともあるでしょうから。


posted by 海外ロングステイ相談室 at 22:16 | ホノルル ☀ | Comment(1) | TrackBack(0) | ○海外ロングステイのエピソード
この記事へのコメント
とてもいい話ですね。ホノルルで遇ったなんて。私はナイロビで出遭った日本人と1年後にマンハッタンの安宿で再会しましたが、その頃の日本人貧乏バックパッカ-は路銀が少なくなると世界中からマンハッタンに集まったものですから偶然性は少ないのです。その彼とは今日でも親交があり互いに母親介護のシンドサを語り合い慰め合っております。
Posted by andoorinn at 2012年02月12日 12:22
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