2009年06月16日

5年振りの帰国

とても清潔ではあるけれど、何だかどことなくチープな、、、5年振りの日本の景色はそういう風に映った。

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無計画に重なり合った派手な色、色、色、、。

都内へと向かう高速道路の窓から無数の標識や看板が移っていく。

洒落た近代的なデザインのビルディングの隣には、何故か真っ赤な2階建ての家。
そしてその屋根の上には巨大な栄養ドリンクの看板、、、、。

ここは日本だ。


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「イラッシャイマセー↑、コンニチワー↑」、「コチラデヨロシカッタデショウカー↑」、「アリガトウゴザイマシター↑」
独自のアクセントと独自の発音、でもそこには、感情はまったくない。

決められた言葉を決められたタイミングで話しているだけだ。

「自分の言葉で話してはならない」、まるでそれが社会人としてのマナーであるのかのように。

もし自分の頭で話す言葉を決めれるのなら、誰もこんな不思議な呪文を話さないだろう。

そんな語り掛けに対して誰も返答することはない。
語りかけは常に一方通行だ。

語りかけている当人にしても、もともと誰かに話しかけているわけでないのだから、つまり奇妙ではあるがこれは当たり前の光景なのだ。


返答することを前提としない掛け声が存在する。


ここは日本なのだ。


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大人が二人やっと通れるほどの歩道を、「チリンチリン」と自転車のベルが後ろから鳴る。

「どけ」ということ?

おいおい、突然のベルで人を驚かせた上に、当たり前のように「道を譲れ」とでも言いたいのか?

でももちろん後ろから言葉は発せられない。

ここは日本なのだ。

「リンリンリン!!!」が言葉代わりなのだ。


そうだった。

今思い出した。

ずっとこんな狭い歩道を歩いたことがなかったので忘れていたのだ。

ベルの音がしたら、歩行者は後ろから来る自転車に道を譲らなくてはいけないのだった。

何しろここは日本なのだ。
 

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一流の経済の国。

とても忙しい日本人。

時間がもったいない。

急がなくては、、、。



だから駅では、やって来た電車に我先に乗り込む。

急ぎ過ぎて前の人のかかと踏みつけても気にしない、仕方ない。

だってこれは不可抗力、よくあること、当たり前のことだから。


そんなことで謝る必要があるとでも言いたいのか?

 
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5年振りの帰国。

同じ看板の下で同じ言葉が繰り返し語りかけられている。

同じ街並み。同じ駅前、同じチェーン店、同じロータリー、、、。


「イラッシャイマセー↑コンニチハー↑」

まるで何かの台詞みたい、、、。

でもそれ、まるっきり棒読みだよ、、。


見えていますか?僕はあなたの目の前にいますよ。


でもあなたは言わなくてはいけない言葉を言うことに懸命で、、、、。
 

きっと僕のことには気付いていない、、。


久しぶりの日本。

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昔に比べて、「繊細さ」と「鈍感さ」の幅が大きくなりましたか? 


個人的に逢う一人一人は、とても気持ちが細やかで、親切で、皆とてもいい人ばかり。

それなのに街で、通りで、電車で、エレベーターで見かける人たちに、苛立ちが見えるのはどうしてだろう。

どちらかが特別なのですか?

あれだけ細やかな感覚を持つ人たちなのに、一歩離れて群衆の一人になってしまった途端、どうして自己中心となってしまうのだろう。

いつもの細やかな想像力はどこへ行ってしまったのでしょう。
 


映画を見て感動の涙を流しながら、足元では食べ残したごみをイスの下に押し込んでいる。
感動できる美しい心がありながら、自分のやっていることに対しての罪悪感にはきっと気付いていない、、。 

我が子をのびのび遊ばしてやりたい、そのために周りへの、他人への配慮までは気が回らない。
「我が子」とそしてそれ以外。

いつの頃からそういう線引きができたのだろう。
わが子もよその子も大して変わらなかった頃。
他人様への迷惑を第一に考えていた頃。
 



久しぶりの日本。

何かが変わったのかもしれない。


何しろここは忙しすぎる。

そしてとげとげしい。

何にいらだっているのだろう、、、。
 


朝早くから深夜遅くまで何かに追われ、でもそれでもいつもそれを最高の形でやり遂げる優秀さ。

何しろここは勤勉な国、日本。

無理をします。
無理してもやります。
 やり遂げてみせます。

だってここは日本。
そうしなければ生きていけないのです。
取り残されるのです。 

私だって僕だって癒されたいですよ、ほんとは。でもね、、、、、

でもね?


自己中心とは想像力の欠落から始まってくるものです

悪気はないのです。
ただわからない、ただ見えていないだけなのです。

周りが見えない。気が付かない。
 



どうしてこんなに忙しい国なのでしょう。



確かにとても優秀でした。

やり抜いて、やり遂げました。
  


でも残念ながら壊れてしまいました。



何を得ましたか?


欲しかったものは手に入りましたか?


そもそも欲しかったものは何でしたか?





 
posted by 海外ロングステイ相談室 at 21:59 | ホノルル ☀ | Comment(1) | TrackBack(0) | ○海外ロングステイのエピソード
この記事へのコメント
この思いは、きっと外国から祖国を想い続けていた者しか解らない感情なのではないでしょうか?真綿が麻縄に変わった、とはこのマニュアル至上主義に洗脳されなくては生活してゆけない世代の者を見て感じることも多いのです。
Posted by andoorinn at 2012年02月12日 12:39
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