2013年09月23日

12回目の9月11日<後編>

米国に住んでいたころ僕が暮らしていたのは、サンフランシスコとそしてその周辺のベイエリア、シリコンバレーで、LAを訪れたことなど数えるほどしかなかった。

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思い出は、サンフランシスコからの7時間かけての一人ドライブ、それと3,4度訪れたユニバーサルスタジオやディズニーランドくらい、、。 

同じ加州でもこの二つの都市の趣きはまったくに違っていて、アップダウンの多い狭い土地に人が密集しているサンフランと違い、平らな景色の中ひたすらだだっぴろい道路が続きそこをたくさんの車ばかりが駆けていて、でもその半面歩道には人は全く歩いていない、そんなLAという街に驚いたことをよく覚えている。


ためしに僕も車をおり、周囲を散歩してみたけど、歩けど歩けど景色は変わらず、たった1ブロックがひたすら遠く、その上の直射日光で、というほとんど悪態だらけの記憶しかない。


もしあなたが散歩好きならサンフランへ是非。

歩いて街を散策、じんわりじんわりその雰囲気を味わってみる、こういうのが実に楽しい街です。年中涼しいしね。

コッポラが通ったノースビーチのカフェでドピオを飲んで、ジャック・ケルアック通りを歩き古本屋を冷やかし、ブロードウエイを過ぎ、全米一のチャイナタウンの熱気をくぐり、再開発のサウスオブマーケットへ、、で、ここまで全部歩きでも十分いける。

もし疲れたら気軽にケーブルカーでもムニバスでも使えばいいし、あるいはその辺のビクトリアン建築の家の階段に腰かけ通る人の姿を眺めたり、坂下の景色を眺めているのもよい、、、。
 

雰囲気のあるしっとりとした街です。

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一方LAに行くなら車は欠かせない。

車に乗ってあなたは日本では決して味わえない壮大さを味わえるでしょう。

その様はまさに「ザ・カリフォルニア」

広―いLA郡は、SFの近未来都市そのままに、郡そのもの丸ごとがテーマパークさながらに、ダイナミックな観光を味わうことができるでしょう。
  



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さてさて、そんなLAに数年振りに、でも今回はもちろんバケーションではなく、これからの将来この街で暮らすだろう為の、そういう研修のための滞在。

ホノルル発LA行きのハワイアンに乗り込み、夜遅くにLAへ間もなく到着する。

かなり久しぶりなはずだったけど、やはり眼下に広がるオレンジ色の明かりたちは、それは紛れもない、懐かしく何度も身もだえた、帰国してこの5年の間、決してずっと忘れたことのなかったアメリカの景色そのもの。


「帰ってきたんだ。」


心からそう叫びたくなる衝動を何度何度もかみしめて、じっとそのオレンジ色を眺めて着陸の時を待つ。


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わずか2週間の研修期間ではあったけど、その間心が解放されていて、充足感を味わっていて、そして驚くほど、あっけなくすんなりと周りの環境や人たちに馴染んでいたと思う。
 


大げさに言うとLAの空港に到着したその瞬間から既に、僕にとりその空間は異国ではなく、逆に安堵感すら感じていたんだと思う。


翌朝からの研修で、次々に初めて出会う人たちとの対話も、初めてという緊張感ではなく、懐かしいという感慨というか、相通じるものというか、そういうその場所その地域のもつ独自の物差し、言葉、感覚が、すんなり入ってくるという、帰属感のようなものを、きっと僕は感じ味わっていたと思う。 


これこれ、この感じ。

この人たち。帰ってきたんだ。


自分の場所に、やっと帰ってきたんだ、帰ってこれたんだあ、とそう素直にそう感じ、嬉しくてたまらなかった、確かにその時そう感じていた。



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実はこの2週間のLA研修に至るまでは、最初の履歴書送付から数えるとゆうに1年の時がかかっていた。


それはつまり以前勤めていた会社を辞めてからこのLA研修までの間まで、まるまる1年定職に就かないでいたということでもある。
 

会社を辞めて、でも僕の場合は、海外の仕事限定で仕事を探していたので、そうそう毎日そういう種類の求人があるわけでもなかったし、仮にあっても簡単に面接までこぎつけられるわけでも当然なく、送った履歴書の数とほぼ同じだけ不採用通知を受け取っていたという数ケ月だった。

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ただ時間だけはたっぷりあったので、求職しながら、傍らで簡単なホームページを開設してみた。

実はこれが今も続いている「海外ロングステイ相談室」です。


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本当はこの「海外ロングステイ相談室」という名称へ変更する前に、実はまだ会社に勤めている時から、ハワイロングステイに関するブログ記事を書いてはいて、そこへ時折来る質問や困りごとに(その時は現役の会社員だったので無記名無報酬で)アドバイスにのるということをやってはいました。

でもアドバイスだけでは、現実には役には立たない、それだけでは十分ではない、つまり実際の相手の立場に立った手続き、相手に必要なコーディネート、堅実な手配、合理的な選択、コスト負担をできるだけ抑えたアレンジ、専門家との交渉、などなどがアドバイスの後には、そういう適切な処置が必要となるのは必至で、なのでその時に求職中で時間もあるし、第一もう自分はどこの会社員でもないのだから、これも同時進行でやってみようか、とそう思い、今までのホームページやブログの内容を一新し、その名称をも「海外ロングステイ相談室」と変更し、やり始めたとうのがこの相談室の始まりでした。


れでも長いこと、米国に住んでいて、しかも僕の場合は駐在員たちのように請われて行ったのではなくあくまで自分で行きたくて行ったわけで、だから何事も自分で、ビザとか住居とか仕事とかそういうすべてのことに対して自分でサバイバルしていかねばならなかったので、でもきっとそういう自分だったからこそ、相談にのれることもあるかもしれない、役に立つこともあるかもしれない、そう思って作ったのが最初のブログでありホームページだったから、多少の自負もあったし、そして同時にあの時の自分に手を差し伸べてくれたこれは先人達への恩返し、つまり今度はそれを自分がする番だという気持ちもあった。


何より向こうに行きたい住んでみたいという人たちの気持ちは、傲慢かもしれないけど僕が誰よりも痛いほど身悶えするほどに理解しているつもりだし、そして大変なこともたくさんあるけどその向こうのたくさんの充足感もうれしさもよく知っているつもりだから。


そしてそれを捨てて帰ってきた時の虚無感についてもよく知っているので、余計に放っておけない。

やってみれば、たいていのことはできる、たとえば専門家の一人にNGと言われても、別の専門家にはあっけなくOKAY言われることもある。

これも僕が経験で学んだことで、だからこそあきらめないことが大切。


どこかに必ず道はある。


そのための交渉の手段としては、拒絶されるぎりぎり手前のしつこさで。
向こうの人は日本のように全てがお客様は神様でないので、あくまで対等なので、あまりにしつこいお客さんにはあっけなくノー!と言って縁を切ってもきますので、その辺はご注意を。
 



でも基本的に言えることは、やはり、海外生活は覚悟と勇気と、希望ですから。エイエイヤーです。
何とかなると覚悟を決めれば何とかなるものです。


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改めてホームページを開設してみると、反響は大きく、相談事はすごくありました。


以前の匿名でのアドバイスだけのそれのときと比べ物にならないほどに、人はセカンドオピニオンを訊く先を求めていて、そしてまっとうな手続きをしてくれる先を求めていました。 


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騙された。

分らない。

日本と違う。

英語のこと。文化風習のこと。システムのこと。エトセトラエトセトラ。

驚くほどに多種多様の相談ごとが持ち込まれてきました。


海外ロングステイ相談室です。

実際その名の通り相談事を受け付けるためのホームぺージなのですから、ほぼ8割9割がネガティブな内容ばかりが持ち込まれます。
 

しかも問題は
海外のことですから、なかなか相談先はありません。 

更には、とりあえずどこに誰に聞くべきかそれを探すすべすらありません。 


結局誰にも訊けないまま、あげくには騙されたとわかっている大本へ相談してみるしか方法がなかったと言う本末転倒な人のケースすらありました。
 


ようやくネットなどで見つけ相談してみても、紋切り型の親切な抽象的な同情の返答だけだったり、たはまた相談するやいなやいきなりお金のこと、それも決して安くないそれの話がまず先にという返答があったりと、、、。 


それくらい相談先のないのが現実だったようで、だから新生「海外ロングステイ相談室」を開設してからは、ハワイで借りたコンドの配管の不具合の相談から、不動産投資にかかわる相談事、非居住外国人としての手続きの仕方、除草剤の選び方使い方に至るまで、ハワイでのロングステイの中で起こり得るだろうあらゆるケースでの相談事がこの小さな「海外ロングステイ相談室」に日々持ち込まれるようになり、それが今なお続いています。

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楽しい相談事の問い合わせやその実務手配の際には、こちらも輪をかけて楽しくなります。

だから、その依頼事にどうやってプラスアルファを加えようか、どんなサプライズを仕掛けようか、そういうことに頭を使うのは実に楽しいことです。

依頼主の知り得ない、きっと想像してないだろうことを、さりげなく盛り込み、その驚き喜ぶ顔をイメージしながら、そしてその目論見が合致して、本当に喜んでもらえたなら、これこそがこうして仕事をしていることの醍醐味です。 



一方では、厳しい悩み事お困りごとの相談の時はどうしてもこちらも気持ちが引きずられてしまいます。

ともかく一人一人違う一つ一つ違う案件なので、「聞く」ということが何より大切で、そこからしかこの仕事は始まりませんので、だからその分ネガティブな相談事が続いた週は、僕自身の知らずに食欲が落ちていますし人相も変わってしまっています。


海外ロングステイの場合、その多くは海外不動産の売買が絡みます。

なのでその悩みというのは大きなお金の損害に通じるので、場合によってはその人のその後の人生そのものを大きく左右します。

こちらもその覚悟でその負のエネルギーに全身で対峙しなくては問題の解決はできません。



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「海外ロングステイ相談室」は小さな相談室です。 

ボランティア運営ではないですが、しかし現役会社員のころからずっと今なお相談はすべて無料で行っています。

そして相談の後に、実際に所諸手続きが必要となる場合には、手数料を頂戴していますが、しかしこれは依頼された仕事が完了した後でということにしております。  


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長いこと海外ロングステイに関する相談事を扱っていた経験上、不動産価格にしろ手続き価格にしろ、現地での実際の価格と日本での価格の差異があまりに大きいことが、そしてそのことについての問題意識が意外に小さいことがまず問題だと思っています。
 

海外のことだから、知らないことだから、高くても当たり前、、、。 

夢を見させてもらったから、それだけでも良しとして諦める。  

それはやはり辛すぎます。 


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一例では、ハワイ州で一番日本人の不動産所有者の多い島は実はハワイ島です。

ただ不思議なのは、その日本人所有者の所有している不動産は、その多くが土地なのです。

更にはその所有者の大半は自身の土地を見たこともない、ハワイ島にすら行ったこともない不在地主なのです。


ハワイ島のある地区のある分譲地で何百坪何千坪もある生土地が、日本人にとっては驚くほどの安価で現地市場で売られています。

しかもそれは現地市場では有り余るくらいの売り物件がたくさん常にあるという市場です。

そういう土地なのにもかかわらず、たとえば、さもそこが特別な土地区画のように思いこませ、その人だけがその特別な土地を特別に買えるのだと言葉巧みに信じ込ませ、現地市場で売られている価格の何倍もの価格で売るという行為。

シンプルに考えても、たとえば仲介手数料ということで考えて置き換えてみると、それは本当の市場での物件価格のいったい何倍になっているのだろう。

恐ろしくなります。
 

ちなみに比較的高額なタイムシェアの再販における仲介手数料にしても、それでも20%前後くらいです。

普通のハワイ不動産なら(物件価格によりますが)6%から10%くらいなものです。


更には、そもそもこういう手数料というのは、「あらかじめ手数料の%をお客さんへ伝えた上で、それをお客さんが了承した上で契約を結ぶ」のが当然です。これは業者の最低限の情報開示義務でもあります。 

しかし件のハワイ島のある地区の不動産区画の場合、例えば実際の現地の市場価格との差異は、実質手数料で置き換えていうと、600%!!あるいは1000%!!です。

その上この数字の内訳についての開示はまったくないわけで(開示したら誰も買わないからでしょうが)、つまりお客さんにとっては、この提示された(実質手数料600%込みの)金額が本当の物件価格だと信じて購入させられたということです。 


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購入するということは、いずれ売却する時が必ず来ます。 


そしてその時に初めて真実を知ることになります。 


そしてこう思うことでしょう。

自分は●●●万円で購入したのに、そんな安い金額では売ることはできない。 

と。

しかし購入時に未開示のうちに転嫁されたこの600%の手数料は、当然再販時にはそれらを含めて市場に出せるはずがありません。

出したところで売れないのですから。(でも現実にはそういう高額で再販をしようと現地MLS市場にずっと長い間掲示されたままもうすっかり忘れられたままの売り物件はかなりあります。しかもMLS市場に掲示されたままということはつまり専属専任契約の解約もされていないのですから、他の選択肢も行使できません。ずっとそのままです。)
 

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その間に、今度は二次被害三次被害にあってしまう場合もあります。 

亜熱帯の土地は自然豊かです。豊か過ぎて時に木々の成長は日本の所有者の想像の域を遙かに超えてしまう場合もあります。

その場合の責任も義務も当然所有者にあるのですが、そのことを利用した新たな被害の実態もないわけでもありません。


その他二次被害となる危険性があるタイミングは、たとえば
所有者が故人となった時のこと、再販を試みる時、、、、などなどです。


そういう時こそ必ず
セカンドオピニオン、サードオピニオンを得るということを必ずして、もう二度と更なる被害には合わないように自身で十分に気をつけなければなりません。
 

「おまかせ」にだけは絶対にしないこと。 

自らが納得するまでしつこく質問を繰り返すことです。       


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5年前、LAでの研修が終わりになるにつれ、何をかを考えることが多くなりました。
 


自然と溶け込めている場所、自分が自分でいられる場所、やっぱり海外って、やっぱりアメリカってほっとする。
 

そこで生活できているだけで嬉しい。 

やはりここが僕の場所。

   、、、、、だけど。  



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LAでの研修を終え、そのまま6時間のフライトでホノルルへ戻りました。
 

このとき実は「海外ロングステイ相談室」宛に来たある依頼事のためにホノルルに滞在していて、その仕事終わりで向かったLAでしたので。 


ホノルルの借りている家(最初の頃の相談者が所有している別荘で、その後今に至るまでずっと家族のような付き合いをさせてもらっています)に戻り、2週間ぶりにPCを開きメールをチェックします。
 

LA最後の方に再三感じていた「だけど」を、やはりここでまた思います。  

そしてLAで買ってきた濃いピーツコーヒー(サンフランに住んでいた当時からのお気に入りのコーヒー)を淹れて、この2週間分のたまりにたまったメールに一つ一つ返信を打っていきます。

新しい相談者からの相談事に返信を打ち、そしてその後即、ハワイ島の弁護士にもメールを入れ、リアルターからは最新のMLSを取り寄せます。

仕事スタートです。

「だけど」は、もう「やっぱり」に変わっています。    

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人生における岐路は時々ある。 


そしてその時には、こうした方が良い、ではなく、こうしたい、の声を素直に感じること、だと思っています。 


でも僕は10年前の岐路、こうした方が良い、と考えて、帰国することを選びました。  


それから5年が経ち、今度は素直に「こうしたい」と感じて、今なおこの「海外ロングステイ相談室」の仕事をしています。  


個人で運営している小さな相談室です。 

ただその分すべてが、僕自身で決めることができます。 

相談者の担当者は最初から最後までずっと僕です。 

上司の意見で、会社の方針で、やむを得ず本意としないことをすることはありません。 

あなたから話を聞き、そして一緒に考え、一緒にゴールを目指します。  


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そしてこの仕事は、少なからず、自分にとっては、義務とも思ってもいます。
 


使命と言い換えてもいいし、あるいは責任と捉えているのかもしれません。
 

傲慢に聞こえるかも知れませんが、そしてこれは僕にしかできないことだろうと、半ば本気に思っていますし、僕がやらなくてはならないこと、やるべきことだと本心でそう思っています。 



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 「ハワイの日系スーパーマーケットの、同じく日本食を扱う会員制スーパーマーケットの買収」について。 

ウエブで読んでいるハワイの新聞記事で、今回のこの買収の記事を読み、まっ先に浮かんだのは、LAの研修先で会った、そしてとても親切に接してくれた皆の顔々でした。

そしてあの風景と、空気感。

そしてオレンジ色の灯り。 


グリーンカード申請中の従業員たちにはきっとそのままスポンサーが変更しても継続されるかもしれない。 

でもまだ申請されていない従業員たちはどうなるのだろう。 


その思いを味わったことがある一人なだけに、今回そういう従業員の思いを想像せずにはいられない。  


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10年後、20年後、30年後、皆の見る景色がどこなのかそれは誰にも分らない。


ただその時どの場所にいてもあきらめずに、それを切り開いていこうと、望む未来へあきらめずに進もうとすることは、ずっとできる。 


今回の買収劇でもし不運にもいったん帰国へとなったとしても、あきらめなければ必ずまたその時が来る。 

その時を引き寄せてみせるという強い気持ちさえもっていたら、必ず引き寄せることができるものだと思う。  

12年前のあの日、僕はあの街にいた。 

そして今はここにいる。 

でもこの想いは変わらない。  

アロハ
笹本正明
@海外ロングステイ相談室
http://hawaii-consultant.com/  
 

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posted by 海外ロングステイ相談室 at 14:06 | ホノルル ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ○あの人のきっかけ
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