2014年10月27日

ハワイ島火山・パホアへの溶岩流情報(避難勧告)

ハワイ島火山の溶岩流の最新情報は↓

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ハワイ現地時間の10月25日(土)の早朝3時50分、遂に溶岩流はパホアの町へ、アパア通りへ乗り上げてきました。


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現在溶岩流は毎時10メートル強で進み、今墓地の辺りをパホアの街の中心部へと近づいてきています。


今後は予想経路に位置しているパホアの住民たちには、10月28日を目処に避難勧告が出される模様らしいのですが、何しろハワイの火山らしいゆっくりゆっくりの溶岩流なので、ぎりぎりでも間に合う、立ち退きたくない、という住民たちの気持ちのこともあり、この3,5日一軒一軒訪問説得に歩く郡役所の職員の姿も報道写真や動画にたくさんアップされています。(動画をクリックするとYouTube動画が見られます。)


実際に瞬時にその被害が甚大なものとなった御嶽山の噴火とこのハワイ島の火山は、火山の噴火という言葉こそ同じでもその現象は全くに違うものです。


ハワイ島の火山の今回のこの噴火は、常時活動中の火山が6月27日以降その活動に変化があり、そしてそこから日々更なる変化があり、時間を経て、時に止まり、時に活動を強めながら、ゆっくりゆっくりと溶岩流が流れてきての10月25日のこのパホアの町への到達だったわけです。


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そして(ハワイの火山の特徴的な)これだけ遅い溶岩流なので、且つその間負傷者も未だ無く、無人地帯を進んできたこともあり、代々火山の島に生まれ育ち、つまり溶岩流の現象に元来詳しいロコたちなら尚のこと、ここまで来ても尚、万一の場合はまだぎりぎりでも避難はできる、そしてそもそも郡役所の命令ではなく、あくまでペレのお導きに抗わずに従うというその気持ちは理解できる。


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確かにここは火山の島なので、今までこの溶岩流が、わざわざ人の住む地域を避けて進んできたことについても、必ずしも偶然ではないのでしょう。


つまりは、そもそも危険度の高いところを元来分譲はされてはこなかった、ということでもあるのかもしれません。


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水の流れも溶岩の流れも基本的には同じで、土地の高低差でその流れが決まる部分は多いのだと思います。


谷が流れを定め、高い岸壁が侵入を防ぐ、しかしそれでも予想の及ばない未知の部分も当然まだまだあります。


勢いであったり、強さであったり、、、そもそも溶岩流は生き物なのでその活動の生命力そのものが読みにくいのでしょう。


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この数ヶ月間専門家たちによりいくつものの予想が発表されました。


でもその予想のほとんどが、パホアへの到達は本来もっともっと早い時期になっていたのだけれど、しかし大方の予想に反して約一ヶ月遅れて昨日の到着となりました。


ゆっくりゆっくりと進んだ溶岩流は、その間何度か歩みを止め、そのことはロコ曰く「ペレの思案中」と呼ばれていました。

ペレはこれからどうするか今考え中、、、だと。



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この先のことは、、、もちろん予想はいろいろ出ているけれど、そしてでも、やはりこの先のことは誰にも分からない。


確率としては、やはりそもそもの分譲地の成り立ちや土地の形状を考えると、いずれこのまま130号線を超え、ハワイアンショアーズという分譲地とハワイアンパラダイスパークという分譲地のちょうど間を、その無人地域を進み、やがて海へ流れて出る、というのが一番多い予想経路のようだ。


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しかしそのときまで、さて、この分だとどれほどの日数が更にかかるか、それはまったく予想はつかない。




現実にわずか1週間前まで、本当にアパア通りへ乗り入れるかさえどうなのかと、にわかに疑問視された期間だって、僅か1週間10日前にあったのだ。ここ数日活動はずっと弱まっている、もしかするとこのまま沈静化していくのでは、、、と。



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しかしここ3日また活動は活発となり、そしてアパア通りを超えた。



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今墓地の辺りを毎時10メートル強で進んでいる。もうすぐパホアの街の中心地へ届く。


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そしてパホアの街の中心部で、この辺りでまた土地の形状が変わるので、その時の溶岩流の勢いとの兼ね合いで、その後についてはまたその時になってみないと分からないのだろう。



言えることは、パホアの街はこのことで変わるということ。



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2004年、2005年の米国住宅バブル期に、米国本土からこのプナ地域に移ってきたリタイア組のニューリッチ層の住民たち、ヒロから車で30、40分の農業くらいしか産業のないこの地に、決して経済的に恵まれてはいない層の古参のロコ住民たちが静かに暮らすこの地に、こうした米国本土の団塊の世代が一気に入ってくることによりプナ地区の人口は爆発的に増えていき、それに伴いこの片田舎のパホアの街にも大型スーパーが複数店舗建ち、洒落たレストランがいくつもでき、開発は更にもっともっと進もうとしていて、代わりに古い商店は静かに閉まりと、昔ながらのオールドパホア街はこの10年でがらりと様変わりをしていた。


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辺鄙で一般受けなどするはずもない、でも言い知れぬ愛おしさのある小さな町だったこのオールドパホアは、最近では日本の観光本にまで見開きの写真入りで登場するくらいにまでなっていて、何と「是非訪れたい町」の一つとして、扱い良く紹介されている。


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しかしその姿もまもなく無くなる。



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溶岩流の幅がだいたい40メートルほどというので、もちろんパホアの街全てを覆い尽くすものではない。しかしどこで分断されようと、一旦溶岩流が来たらもう10日前の街の姿には再び戻ることはない。




街は一時無くなり、そしてその後年月を経て再び別の姿として生まれ変わる。




あの観光本にも載ったパホア・タウンは無くなる。



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そして歳月を経て別のパホアとしてまた生まれ変わる。




それがこの火山の島の日常でもあり、歴史でもある。



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迂回路を急ピッチで工事する。


ボランティアが自然にたくさん現れる。

困っている隣人に手を差し伸べる。

食べ物を分け与える。水を汲み運んでくる。


それこそがいつものこのハワイ島。



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全てはペレのお導き。


だからこそ、人間たちは余計なことを考えないで、今できることをする、今すべきことをする、先を憂いていても仕方ない、それはペレの決めるべきことだから。




それよりも目の前に困っている人がいたら、まず助ける。まず自分のできることをする。




みんなオハナ(家族)だから。




島という一つの運命共同体の土地の上で暮らす、皆家族だから。



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こういう時だからこそ、ハワイのロコの逞しさ、楽観と達観が改めて伝わってきます。



生まれながらのロコでなくても、ここに長くいると自然と人にやさしくなれる、そういう島だと改めて感じます。


普段の観光の時に感じるハワイ島より、きっと今が一番ハワイ島らしい慈愛に満ちているのだと改めて感じます。



その逞しさ、そしてそれでもその笑顔、、、



だから、心から、、Aloha, our thoughts go out to our Ohana in Pahoa...


笹本正明
@海外ロングステイ相談室
http://hawaii-consultant.com/  


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posted by 海外ロングステイ相談室 at 10:39 | ホノルル ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ○海外ロングステイ相談室から
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