2020年11月23日

移民の島

アメリカ本土のとは様相は異なるにしても、ハワイはハワイで移民の島だ。

必ずしもそれは希望に満ちたものとは言えなかったのかもしれない。仕事を求めての、ただ食べるための、生きるための移民だったのかもしれない。

いずれにせよ貧しいまま海を渡った彼らだった。当然英語教育など受けているはずもない。したがって下働きの肉体労働しかなかったが、それだって仕事があるだけマシだった。

仕送りを待つ家族のため、できることならこちらへと呼び寄せるため、1セントでも多く稼がねばならなかった。だから時給が低い分は、時間を多く働いた。

身なりなどどうでも良かった。金を稼ぐことだけが主眼だった。家族を幸せにしたい。そのためにはどうしたって金だった。金がなければ食べさせてやることだってできない。彼らは寝る間を惜しみ、そして少しでも割高に金を稼ぐ方へと素直に向いた。

そうして遂に念願叶い、努力が実り、家族を呼び寄せることができた。ハングリーなのだ。嫌だったらダメだったら帰国すれば良い。そんな富める時代や国からやって来たものたちとは元々の地体力が違っていた。

そして今、そんな1世たちから生まれたアメリカ生まれの2世たち以降の時代となった。

彼らはアメリカ生まれのアメリカ市民として流暢な英語を話し、アメリカで教育を受け大人になった。

同時に子供の頃から勤勉な親たちを見、貧乏にも耐え、家族で協力し合い育った。おまけに母国との強力なコネクションだってあった。

そんな彼らは現在アメリカで最も活躍している層の一つとなっている。

時は経ったのだ。そんな今、たとえばチャイナタウンのような街など、その役割を終えたと言えるのだろう。そのうちには歴史的位置付けとしての、ただの観光名所として形骸化していくのかもしれない。

チャイナタウンのみならず、ハワイではあちこちで再開発が行われている。かつて混沌とした怪しげなエリアだった場所が、大規模資本で丸ごと真新しいコンドミニアムや商業施設へと一変していく。

街が消え、味わいのある景色が無くなっていく。もちろんそれはただのノスタルジックな感傷だ。どうしたって日々の暮らしの便利さに勝るものなどないのだろう。感傷は一時的な抽象的なものであり、生活は日常的な具体的なものだからだ。

時代は変わっていく。テクノロジーのお陰でますます世界は狭くなっていく。遠くの誰かと瞬時に情報の共有をすることは今では容易い。もはや片道切符で、今生の別れで外国へ旅立つ必要などない。気軽に行けるし、気軽に帰っても来られる。驚くほど安価にだ。

スマホの通話アプリで、世界の果てから愛を語ることだって、今は至極簡単だ。しかしまだそれほど遠くないほんの一昔前までは、手紙でそれをしていたのだ。国際郵便は届くまでに長い日数がかかったし、時には届かないということだってあった。そしてそんな些細なことで今生の別れに繋がったことだって普通にあった。

ノスタルジックだけで、過去を愛でることなどできやしない。不便な時代に戻るのは、片道切符の貧しさの中に、あの下働きの重労働の毎日に戻ることは、やはりもうごめんなのだ。

英語ができないから自立できない。そもそも金がないから教育を受けられない。だからせめて同じように海を渡った同胞たちで力を合わせ何とか生き延びようとしていた場所。そこはたとえば異国にある駆け込み寺のような場所だったのだろう。

そういう場所はチャイナタウンに限らず、ジャパンタウン、イタリア人街、メキシコ人街と、移民の国アメリカには其処彼処にあった。でも今は名こそあれ、実態は既に形骸化している。

ジャパンタウンでの日本食レストランのオーナーたちの多くは、コリアンだったりチャイニーズだったりする。もうただの観光地ジャパンタウンなのだ。当初の駆け込み寺という目的など遠の昔に終わっていたのだ。

言葉や文化も変化していき、日本人としての、あるいはアメリカ人としてのアイデンティティーだってだいぶと違ってきている。たとえば料理一つとっても、今ではフレンチやイタリアンで当たり前のように醤油を使うこともある。魚でカルパッチョだって珍しくない。和食でトリュフやフォアグラを使いワインを合わせることも日常となっている。何しろこれだけ世界が狭くなってきているのだから、そんなのもう当然のことなのだ。逆に輸送や保管技術が発達した現代で、四川だからパリだからといって、大昔の料理法を頑なに守り続けるという方が、いささか頑固過ぎるというものだろう。

でも個性は残っているものだと思う。時代が変わろうとも、残る個性はさりげなくそこに残っているのだと思う。

今尚ハワイの人たちの食生活からポイは欠かせないように、サンフランシスコの人たちからサワドーは欠かせないように、個性とはなかなか一朝一夕で消えないものだと思う。

伝統的な昔ながらの日本食を食べなくなったと言われる我々日本人にしても、世界の人たちから見るとまだまだ全くの日本食だ。なんだかんだ言ってもたくさんコメを食べ、醤油味を好み、お茶を飲む。あくまで大昔の日本人と比べると少しだけ変わったというだけの話なのだ。そもそもが江戸前寿司にしろ、肉じゃがだって、天ぷらだって、すき焼きにしても、伝統的な日本食と呼ぶにはまだまだその歴史は浅過ぎる。でも今ではこれらこそが世界の人たちの知っているザ日本食なのだ。

きっとそれでいいのだと思う。ラーメン、うどん、カレーライス、それが今の日本食。そういうのが今の生きた文化。何も目くじら立てて、カビ臭い伝統を頑なに守らなくても良いのだと思う。

ハワイにも日本にもコスコはあるし、マクドナルドもスターバックスだってある。チェーン店だから皆同じかといえば意外と違っている。きっとそういうのこそ、そこはかとない個性なんだと思う。消えそうでいて意外と消えないもの、じんわり残って引き継がれていくもの、それが街の今の個性なのだと思う。

昔のようなヒッピーの匂いをサンフランシスコのヘイトに求めても、もはやそんなものありやしない。でもそれで良いのだ。だいたい我々自身がもうヒッピーではないのだ。髪を短く切り小ぎれいなシャツを着てそこを歩いているのだから。

ただそれでも、この今はあの昔とつながっている。隠そうにも隠しきれないモノがある。

サトウキビの時代の頃の建物はだいぶ少なくなってはきたけれど、でも今でもハワイでは盆踊りは盛んだし、ニシメもムスビも定番の日常食だ。歴史がなかったものが、ある日突然に現れることはないのだから、しっかりと今と昔はつながっているということなのだ。

今改めて2世以降の人たちを見る。今この時代を生きている彼らの姿を見る。

やっぱりそこには、面々と繋がっている1世たちの何かをどこからか感じられる。隠そうにも隠しきれないもモノがそこにはある。姿形こそ時代とともにどれほどスマートに洗練されていても、ちゃんとそれは受け継がれている。それこそが残るべきして残った大切なモノなんだと思う。




「海外ロングステイ相談室」ができて、今年で13年目となります。
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笹本正明

海外ロングステイ相談室

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posted by 海外ロングステイ相談室 at 14:40 | ホノルル ☁ | Comment(0) | ○and others
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