2008年03月02日

シンドバットの冒険

遠くに行きたい。知らないどこかにいってみたい。

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子供の時から、ずっとそう考えていた。

知らないどこかにきっと、わくわくするシンドバットの冒険のようなものがあると、そう信じていた。

そして大人になって、知らないどこかに行き、そこに住みつき、暮らした。

シンドバットはいなかったけど、冒険は確かにあった。
どきどきは毎日で、でも時々心の底から嬉しかった。

今も遠くに行きたいと思う。
ふつふつと思っている。
そして、きっといつか再び遠くにいくだろう自分がわかる。

大人になったら変わるって言っていたよね?
でもぜんぜん変わらないんだ。
どうしてくれる?

遠くにはいつもわくわくする、どきどき、がある。それがたまらない。
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2008年05月14日

カフェ

カフェ、、、。

アメリカで暮らし始めた頃、即あのヨーロッパ・アメリカ型のカフェのとりこになりました。
とにかく毎日通っていました。
朝、午後の休憩、それから夜、帰り道で(ディキャフェというカフェインのないコーヒーが一般的なのもあちら流ですね)

カウンターに注文しに行き、適当に、空いている席を自分で見つけて勝手に座るシステム。
それまでの日本の「いらっしゃいませ」、「お一人様ですか?」「こちらのお席へどうぞ」、「ご注文はいかが致しますか?」に慣れていた身としては、「これだよ、これ、こういうのが日本にもあったら、、」と思いましたよ。
それくらい衝撃的で居心地が良かったのです。


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それはまだ日本ではカフェという言葉も一般的ではない時代でした。

カフェでは、店員さんが一人きり。
もしそこにキッチンもあり、サンドウイッチとか、ブレックファーストみたいなメニューもあっても、せいぜい二人。
水や食器はカウンターに初めから置いておいて使いたい人はどうぞ使って、という方式。
セルフサービス、過剰なサービスは一切ありません。
店員さんは鼻歌歌っていますし、お客さんがテーブルを片し、ガタツキまで直しています。
注文したものができると、大声で名前を呼びます。
それがカフェ。

そういうのも今ではこの日本でも当たり前のようになりましたね。

でもあの頃はまだ、スターバックスなんてのも当然なかった時代です。

ルノアールが一大勢力だった頃、そんな頃渡米した僕としては本当に衝撃でした。

いっそ帰国したらこういうカフェというやつ、日本でやったら、きっとうまくいくのではないか、と本気で考えてもいました。
それがいつしか次々に本場からやってきますね。
次はどこがくるでしょう。個人的にはピーツコーヒー来て欲しいですね。


ところでカフェはその形態自体が実は特徴です。

アメリカならではとして、コインランドリーとカフェが一体になっている形態。そういうカフェ。
アメリカではアパートメントに住んでいる人は基本的に洗濯機を持っていませんので。

日曜の朝、一週間分の洗濯物をキャリーバッグに詰め込み、ロックのガンガンかかったコインランドリー兼カフェに到着。
クオーターをいれ、洗濯開始。
同時に朝ごはんオーダー。
今日は、バックウィード(そば粉)のパンケーキと卵が2個とベーコン2枚にします。
カウンターで注文し、直ぐできる飲み物だけ受け取り、名前を伝え、お金を払い、おつりをチップボックスへ。
いつもの動作です。
ついでにリサイクルの新聞を拝借。

分厚い日曜版の新聞広げてフットボールの結果をチェック。
やがて大きな声で僕の名前が呼ばれる、朝ごはんができたみたい、受け取り口で、ケチャップをかけ、塩コショウをし、好きなナイフフォークを選ぶ。
ついでにコーヒーのお代わりも。
魔法瓶に入っています。
自分で注ぎ足します。

洗濯物を乾燥機に移し変え、30分間のクオーターを入れ、あとは待つだけです。

大音量のロックと、そば粉のパンケーキ、たっぷりマーガリンとメイプル、これぞアメリカの朝です。

ブレインウオッシュ、このカフェの名前。
頭、洗う、頭の中まで、脳みそも丸洗い。
ロックとランドリーとコーヒー、それで頭の中も服も全て洗いましょう。
実に良い名前です。



帰国して、スタバなるものに始めて入った時、本当に驚きました。
何しろその内装はあちらのそれとまったく同じでしたので、「おおー、正しくこれはスターバックスだ」と感動しました。
だからメニューにベンティがなくてショートがあるのも大したことではありません。そんなものはお愛嬌です。(今はベンティあるみたいです)
でも、「いらっしゃいませ」、「あちらでお待ちください」、「熱いのでお気をつけ下さい」、これは、この丁寧さは、そうか!やはり、ここは喫茶店だ、そう思ったことを思い出します。

日本のカフェ。
その内装や雰囲気はあちらのものにそっくりです。
でもやっぱり何かが違います。
しっかり生活に根付いているか、、、、それにはもう少し時間が必要みたいです。



トーーーーーーールラテ!! ユールックス、スリーピー、ヘイメン!!ユーワナチュラーイエクストラショト!!!! 

カフェにはリズムが不可欠です。

カフェは生活の一部であり文化なのです。


本当に大切なのは見た目のデザインではなく、空気感なのです。


ハヴァグッワン、メン!! 


流行が定着に変わり、どう日本風のカフェになっていくか。
そこからです。
おしゃれなうちはまだまだなのです。


夜のカフェ、高台にありました。
辺りは真っ暗で、そこだけけらきら輝いていました。
紙芝居をやっていました。
ディキャフェコーヒーを片手に、体育座り。

やっていたのはスティンキンチーズマン、絵本にもなったチーズの大冒険物語です。

子供連れがいたり、カップルがいたり、学生がいたり、老人がいたり、そんな中で紙芝居です。
肩肘張らずに、自然に、それでいて、居心地が良い。

それがカフェです。

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2008年05月16日

トゥーゴー

トゥーゴー

今ではこの言葉、日本でもだいぶ知られるようになりましたね。

少し前までは、テイクアウト、日本ではそう呼んでいましたから、海外旅行で、トゥーゴーと言われても意味理解できなくて、そういう経験された方も多いのではないでしょうか?

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トゥーゴー、とにかくこれは便利な合理的なシステムだと思います。

日本で言うテイクアウトという意味だけではありません。
このトゥーゴーにはもっと広い意味があります。


日本のテイクアウトはお持ち帰りを前提としたお店での取り扱いですので、お弁当屋さんとかデリカテッセンとか、そういうところ以外では取り扱わないのが普通です。

でもアメリカの場合大抵のレストランに入り、このトゥーゴーができます。つまりレストランのメニューの品をお持ち帰りできるのです。


普通、日本のレストランで、トゥーゴーはできませんよね。
なにしろ「容器」ないですから。初めから「器」用意されていません。
だからといって、容器持参でテイクアウトお願いします、と言ったとしても、やっぱり、無理ですよね。
やはり日本の場合、テイクアウトはそれ専用のお弁当屋さんかそういうお店で、レストランはそこで食べるところ、きちんと住み分けされているみたいです。


でもレストランで、たくさん頼みすぎた時、残すのもったいないですよね。
こういう時もレストランがトゥーゴー対応していれば、と思います。

ドギーバック下さい、と言えば、持ってきてくれます。
ドギーバック、建前として、もったいないから犬用にペットのえさ用に持ち帰るわ。そういう伝統です。でも当然これは家族の朝食のメニューとなります。



改めて考えてみてもあちらでは本当に、トゥーゴー OR フォーヒィアー?と聞かれる場面が多いです。

カフェでも、アイスクリーム屋でも、もちろんハンバーガーショップでも、普通に尋ねられます。
どこで食べるか。なるほど、大きな問題なのです。

日本の持ち帰り弁当屋で、どちらで召し上がりますか?は当然訊きませんし。(大きなお世話ですので)
それにもし訊いて、実はここで食べたいのだけれど、と言われても困ってしまいます。



日本にはどうしてこのスステムがないのでしょう。

勝手に、一つ仮説を立ててみます。

古くから仕出し店はそれ専門。食事の店はそれ専門。それが日本スタイルです。
つまりはそこでしか味わえない料理、盛り付け、味付けなのです。

でもその味を何とか外でも味わいたくて苦肉の策でつくられたのが、仕出し弁当なのです。
はい、お馴染みの幕の内や松花堂弁当です。

初めから冷めておいしいように工夫されています。
しかしこれを器に改めて移し、暖め直し食してもあまりおいしくは感じません。

つまり幕の内や松花堂弁当は、あれはあれで完成されているのです。

あのままの箱の中でバランスを取り食するように計算されているのです。
あの冷め具合も計算です。
あれを暖め直したら、もう少し塩分必要になるかもしれませんし、硬さを変える必要も出てくるのかもしれません。
デリケートなのです。
繊細なのです。

それが日本料理なのです。

初めから外で食することを前提としたもの、その場で召し上がることを前提としたもの、まったく料理法そのものが違うのです。

だから日本にはドギーバックがないのです。

そういう仮説、、、、。




だいだい元々我々には、昔から一つところで、持ち帰る?それとも食べていく?何て訊いてくれるシチュエーションがなかったのです。
はい、あのマクドナルドができるまでは、、、、。


ですから我々は来るべき海外旅行、海外生活に向けて、このトゥーゴー OR フォーヒィアー? を幼少期からマクドナルドで学び、スターバックスで実践し、そして後年念願の海外で試すのです。


TO GO 

やはりこれはとても便利です。
街中の全てのレストランが今日から持ち帰りのお弁当屋さんを兼務ということですから、

ホント、どうして広まらないのだろう? どなたがご存知ないですか?


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2008年05月19日

悲しき外国語。コスコ?コストコ?

コストコではありません。コスコと発音します。

日本でもおなじみの会員制ホールセールスーパーです。

最近「コスコ」と現地風の発音で言われることが多くなり、嬉しい限りです。

これは現地からの情報の量が勝り、現地で使われている発音が主流になったケース。でも未だに現地の発音と新しい日本のカタカナ語の発音違っていること多いです。


COSTCOだからこのTを発音したくてコストコ?

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残念ながら、英語の発音、僕のようにある程度の年齢以上になると、もうなかなか思うような発音はできません。そして間違えて覚えていた発音を改めて覚えなおそうとしても、もう一朝一夕では直りません。

だからせめて初めて覚える単語はそのまま現地の発音で覚えたいものです。

先入観なくそのまま覚えたいものです。

スペルも知らないまま、耳で何度も聞くままに覚えたいものです。

本来これが言葉を覚える基本です。子供は皆そうです。



シャドネー、メロー、カバネー、これはワインの種類です。

僕が渡米する前は日本でそこまで言葉なかったですから、当然この単語はあっちで覚えたものです。
赤、白、シャブリ、日本で知っていたのはそれだけでしたので。

バーで人の発音を聞きながら、見よう見まねで、言葉自体も発音も一から覚えたものです。

だから今日本でシャルドネ、メルロー、カベルネ、と発音されるのを聞いて、とても違和感があります。


余談ですがバニラをヴァニラと正しく発音できるまで、僕は相当時間かかりました。
でも前記のワインの種類は割りと簡単に覚えました。

それはバニラはもともとカタカナとして知っていた単語で、その発音イメージが身に付いていたからで、だからまずそれを払拭するのに時間がかかったからではないかと思っています。
だから「シャドネー」は初めて聞いた言葉ですから、先入観なく覚えられたのでしょう。

シャルドネはCHARDONNAYのRをルと無理やり発音しているようで、コンプリケーテットです。

それから余談ですが、あのスムージーもスムーディーだと思います。(もしスムージーならTHISはジスですよ。)

英語にカブレてこんなこと言っているわけではありません。

もしかしたら、最初にきちんと本当の発音で単語を覚えていたら、せめてカタカナ語くらいはきちんと通じるようになっていたんでは、と思ってたのです。

だとすると僕たちは、わざわざ通じないカタカナ語に訳して、、、いったい何をやっていたのでしょう。

ローマ字のヘボン式、これは今でいうとヘップバーン式となります。はい、オードーリーヘップバーンのそれです。
でもあちらでヘップバーンと発音しても通じません。

やはりヘボンと発音したほうが通じるのです。


水、ウォーターと一度覚えてしまったら、悲しいかな、もう発音通じるようにはならないでしょう。

ウワーター、ウウワーティー、○△×ター△、、いろんな言い方で何度試しても無駄です。

「ワラ」、ここまで原型を変えなくては通じないのです。

だったら初めからカタカナ語もワラにしていれば良かったのにと思うのですが、本当になぜ通じもしないウォーターだったのでしょう?



僕が渡米したのもほんのつい最近です。ほんのつい十数年前です。

でもその間日本でシャドネーではなくシャルドネというカタカナ語できました。スムーディーではなくスムージーというカタカナ語ができました。

アップルで覚えた人はアポッという発音にもう戻れません。

でも初めからアポッ=リンゴなら、もっと英語身近になっていたのでは、そう思うのです。


メリケン(アメリカ)、エゲレス(イギリス)、ミシン(マシン)、とか発音どおりで表記できていたんですけどね、昔は。


タグ:発音 英語
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2008年12月18日

手のひらのトークン

今朝、久しぶりに着ようとした古いダッフルコートのポケットから、トークンが出てきました。


トークン、歪な穴の空いたニューヨーク地下鉄用の代用硬貨のことです。

でも、今ではニューヨークも日本と同じくメトロカードです。

トークンはとっくに姿を消しています。


そんなトークンが、今朝ポケットの中から出てきました。

最後に行ったのはそういえば冬だったな。ひどく寒かったっけ。

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ところで「手のひらのトークン」という小説をご存知ですか?

実は僕の好きな小説のひとつです。
本編では、二十代後半の若者が東京の仕事を辞め、ニューヨークへ向かいます。
その若者のNYまでの日々とNYでの日々が、等身大の視点で淡々と切々と綴られている話です。
でも大抵の人の人生と同じ様に、この本の主人公のNY生活にも、特別なことは何も起こりません。
我々と同じ様に小さなことで苦しみ、そして些細なことに喜びを見出しています。
そんな小説です。
 

当たり前のことですが、ニューヨークで暮らしているからといって、特別にドラマチックなことは起こりません。

結局、東京だろうが秋田だろうがスリランカだろうが、どこで生活していても日常なんてきっと同じ事の繰り返しで、つまりありきたりに平凡で悩み多きものなのかもしれません。
 


でも、ふと眺める景色が違うだけで、気分が変わることは確かにあります。
 

聞こえてくる音が気分を高揚させてくれることもあります。 

山手線の窓からぼーと眺める景色と、サンフランシスコのミュニトレインから眺める景色では、その時想うことは確かに違っています。

そして想うことが違えば、確かに気分も違ってきます。
(少なくてもそんな気がしてきます。)
 

うまくいけば、そうやって気分が違ってくれば、きっと行動だって変わってくるかもしれません。



異国での、最初の頃の不安とドキドキ。でもそれは若かったし、しかも単純でもあったから、その高鳴りをときめきだと誤解していたのかもしれません。

でも本気でそう信じているうちに、本当にときめいてくるから不思議なものです。


 
「海外に行く」とは、案外そういうことかもしれません。


もしそうなら単純に魔法にかかってしまった方が楽しそうですね。



それにしても、このトークン、、、、。 

時代ですね。
 


ニューヨークで、歪なあの穴から覗き見えた景色、そしてその時の想い、忘れませんよ。


追伸:これから「海外に」を考えている方にはこの本はお勧めです。ただ繰り返し言いますが、はらはらどきどきはありません。淡々と切々とした平凡な物語です。でもじんわりと心地良くなる小説です。
手のひらのトークン BY 安西水丸          



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2009年01月19日

言葉の誤解

Hi, Jennifer

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I got your e-mail from Nozomi last night, just after our phone conversation.

I believe she has completely misunderstood your intentions, and the other hand side I am sure you have also misunderstood hers.

The problem between you and Nozomi is just only " language ", but sometimes it would become huge big problem.

A week ago, at that day when Nozomi got the letter, she had misunderstood what your meaning.
Actually she thought you got angry. ( Can you belive it ? But it was true.)
guess, you must not believe that. Because you never write about the story anyway, at least you never got angry to Nozomi at all.

But it is a clear fact that between you and Nozomi.


Now she understood what your trues. So her feeling is better than before.


I think she has to know more about you, and you have to tell more about yourself.

I would like you to inform, explain, and tell to Nozomi whatever any you think or any she wants to know you think., for example how is going the current payment situation of the subject real estate loan, or ,,,anyway whatever you think.

She might reply you regarging the subject matter in a few day.

But I belive the relationship between you and Nozomi would be constant in.

Hope your having a good day.
Aloha,
JJ


やあ、ジェニファー

君との電話の後すぐ、のぞみから君からのメールをもらったよ。

のぞみは君の真意を完全に誤解していたし、それから君は君でのぞみの真意を誤解していたよ。

君とのぞみとの間の問題は、ただ「言葉」だけだと思うよ。
でもそのちっぽけな問題が、時々大きな問題へと変わってしまう時があるね。

一週間前にのぞみが君から手紙をもらった時、君の真意を誤解してしまっていたよ。

その時のぞみは君が怒っていると思ったようだよ。(信じられるかい?)信じられるわけないよね。君はそんな事書いていないし、怒ってなんかいないのだから。

でもそれが君とのぞみとの間の事実だよ。

今のぞみは君の真意を知った。そして気持ちは回復している。

僕は思うよ。やはりのぞみはもっと君の事を知るべきだよ、そして君はもっと君自身のこと伝えるすべきだよ。

僕はもっとのぞみに君が考えていること、のぞみが知りたい君のこと伝えたいよ。たとえば懸案のあのローンの状況がどうなっているかとかもさ。

きっとのぞみは2、3日のうちに君に返事をするよ。

でも君とのぞみの関係は変わらないよ。

いい一日をね。
じゃあ。
JJ


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2009年07月25日

元気な老人になってやる。

どうしてあの人はそんなに元気なのだろう?

どうしてあの人はそんなに楽しそうなのだろう?

何を食べているのだろう、どんな運動をしているのだろう、どんな趣味を持っているのだろう?


あの人と同い歳の人、たとえば今頃病院で寝たきりで、、。

いやもっと年下なのに、既に鬼籍となっている、、、。

そういう年代。

膝、腰、目、血圧、糖尿、、、そして認知。

皆誰彼か少なからず何かを抱えている。
当たり前だ、誰だって歳を取るのだから。 

それなのに、それなのに、、。

どうしてあの人はそんなに元気なのだろう?

どうしてあの人はそんなに幸せそうなのだろう? 


 

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僕がよく行くハワイ島では、元気なお年寄りを数多く見かけます。

気候とか環境とか、人柄とかいろいろ理由について語られるけれど、ともかく確かに元気なお年寄りが多いのは紛れもない事実です。

それもただお年寄りが多いのではなく、あくまで「元気な」お年寄りが多いのです。

その多くは今でもレストランでモーテルで農場で現役で働いていたりします。たとえば88歳でたとえば92歳で、、。

はきはきおしゃべりし、たっぷり体が動いています。
補聴器が必要だったり、目がかすむことくらいはあるけど、でも取り立てて大きな疾患はなし。
それは老人なのに元気、というお世辞まじりの賛辞ではなく、僕やあなたと比べて現実に労働時間やその内容を比べても本当に元気だ、そういう驚きなのです。(実際僕達にはとてもマネできない労働量です) 


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この日本にもそういう元気な年長の方はたくさんいらっしゃるでしょう。

何しろこの国は世界一の長寿国です。
医療のレベルも保険の普及も世界のトップクラスです。

もともと年長の方の多い国です。

だからこの日本には、元気な年長者も、「元気でない」年長者も、その両方がたくさんいます。
 

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年長者とはまだまだいえない、たったの63歳なのに、それでも既に老人臭が漂う人たちだって結構数多くいます。

血圧、糖尿、、、、疾患のオンパレードです。
表情も冴えません。

日々老け込む一方です。

不公平ですね。

だってまだ63歳なのに。 


たとえば片や若々しい72歳が今後の人生をどう謳歌していくか考えている中で、一回り近く若い63歳が老人臭では、確かに不公平です。 

 

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朝早くから毎日休みなく働く、料理自慢の、そして豪快な笑い声の68歳の農家のイクおばさん。そして一方、上記の63歳のおじさん。 

その昔、10歳の少年少女の違いなんてせいぜい見た目2、3歳くらいだったはずです。
でもこのくらいまで、68歳くらいにまでなると、前後20歳くらいは見た目も中身も差がついているんではないでしょうかね?
件の農家のイクおばさんの見た目と、それより本当は5歳も若いこのおじさんの見た目では、きっと20歳以上も差がついているのでしょうね。  

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もう歳だから、、。
残りはあとそんなに長くはないし、、。 

そうですか?

たった一度の人生ですよ。

残りは僅かだから、、、
でもだからこそ貴重なんではないのですか?

死んだら、そこでもう終わりです。

もう何もできません。

おまけに、このたった一度の人生が、それがいったいいつ終わりになるのかは、あなたにも誰にも分かりません。

だから今後50年このままの状態で続くこともあり得ます。

たとえば40歳のあなたの方が、70歳の私より先にゲームオーバーとなることも、不条理ですが現実にはあり得ます。

今はまだ若い部類の50歳の君ではあるけど、既に62歳のワタシのようには、もう体も心も軽やかに動かなくなっているんではないですか?


たとえば周りを見渡してください。

「老人」にも実に様々なタイプがあるものです。

せっかくの若い君が、年寄りのワタシほども人生を謳歌してないのと同じように、日々老人臭を漂わせてばかりの年寄りもいれば、凛とすることを心がけ常日頃から希望を抱き続ける老人だっているのです。

その違いは何なのでしょう?


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本当にこれっきりです。
ある日いつか誰でも突然、ゲームオーバーとなります。

やはり常日頃から、やりたいことは悔いなくやり遂げていたいものです。

見たいもの、食べたいもの、聞きたいもの、読みたいもの、行きたいところ、会いたい人、、、。 

ありませんか?いませんか?


でも、
 遅すぎますか? 


もう35を過ぎたから、だからもう遅すぎるのですか?

いったい何に遅いのですか?

35歳のあなたは、これからあと何年生きるつもりですか?
 

それとも35にしてもうゲーム終了とするつもりですか? 

もしかしたらあと数十年、諦めで過ごすつもりですか?

もう何一つ考えないで過ごすつもりですか? 


72歳でも88歳でも、元気な人は元気です。

そして一方では63歳の老人もいます。

何が違うのでしょう。
 


はり、気持ちのはり。感謝、喜び、充足。 


47歳から、また人生やり直し、本気になればいくらでも出来るはずです。

現実にやっている人は大勢います。

でも一方では諦めている人も大勢います。

その考え方の根本には、何がどう違うのでしょうか?


いつかはゲームオーバーです。

それはある日突然やってきます。 

でもそれまではたっぷり遊んでいていいのです。

だってこれはあなたの人生なのです。

この中では全てがあなたの自由なのです。

決められたルールは本来なかったはずだったです。

知らず知らずあなた自身が他人の人生からそれを持ち込んできたのです。


これっきりです。

一度だけです。
再スタートはできません。
後戻りもできません。 

でもまだゲームは続いています。
だから今は何度でも何度でもプレイしていていいのです。

もう歳だから、、、、。

アレをしたら、多分この先こうなるだろうな、、、、、やっぱりやめておこう。

これをしたら、今はいいけど、きっとあとで困るな、、、、、、だからやめておこう。
 


大丈夫。
あなたなんかのその小さな頭で考えられる結末だけには絶対になりません。

今までを思い出して下さい。 

あなたの想像どおりになったことは、果たしてありましたか? 

高名な評論家たちの、その語るような未来が訪れたことがありましたか?


とにかく、何より元気でいることです。
そして楽しむことです。 

ワクワクとドキドキは、あなたをもっと素敵にします。

直向な、そして健気な、そして継続が、あなたをもっとたくましくしてくれます。 


時々は、自分と向き合ってみて下さい。
「さあ、どうする?」
問いかけてみてください。


流されるまま生きていると、そのまま考えないまま生きてしまいます。


そして、あっという間に老人になってしまいます。


興味のあること、まずはそれをやりましょう。

でも残念ながら、そういう感覚自体を失ってしまった人は、まず自然体に構えそしてアンテナをひろげるところからリハビリをはじめましょう。

ビビビ、そのうち突然信号が送られてきます。
それを素直に受け入れて下さい。

そこにこそあなたのゲームを面白くしていく鍵があります。

どうかそれを見つけてください。
そして思い切って踏み込んでみてください。

たった一度の人生です。

でもその中で結構いろんなことが出来るものです。 



まだまだ元気なはずです。

まだまだ動けるはずです。

だからまだまだチャンスはあるはずです。
 

それとも63歳で老人となってしまった人たちと同じように、あなたもそれを知らないままゲームを終えますか? 

死なない限り、まだゲームは続いています。

ゲームが続く限り可能性はあります。 


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たとえば「奇跡についての話」を我々は度々耳にします。

どうしてそれがあなたに起きないと言えますか?


余生は必要ないのです。
だっていつかは必ず終わるのです。
強制的に終わるのです。 

でもまだ続いています。 
だからルールは自分で作るのです。
何度でもやるのです。 


好きなものを見つけるのです。 

そのためには、何よりまずは元気でいることです。


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出来る限り丈夫になるよう努めて、その時に備えていようと思います。



  
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2009年08月09日

ハワイ島からの手紙


マサ君
お久しぶりです。

思いかけずのホノルルからの電話、そしてこちらでは手に入らない貴重なお菓子、どうもありがとうございます。
ポールと二人でおいしく頂きながら、マサ君の噂話をしておりますよ。
 


今は、世界中大変のようですね。
先週、名古屋の弟と話しました。
とても不景気で、会社も皆週3日になってしまったそうです。


こちらハワイ島でも失業者がかなり増えています。
特に建設業は苦しいようです。

僅か3年くらい前までは、まるで日本のバブル期のような建設ブームでした。
アメリカ本土から大勢の大工さんやコントラクターが移住してきました。
1年待ち、2年待ち。手に余るほど仕事が溢れていて、業者がお客様を選ぶ、そんなご時世でした。

ところがたった数年が経ただけで今では少ない仕事の奪い合いです。
大勢の大工は本土へ帰り、多くの業者は潰れました。


土地や家の価格もかなり落ちました。
ピークの時の半分以下、もっとかもしれません。それがまだまだ下げ止まっていません。

私たちも土地を売りに出していますが、しばらくは売れないでしょう。
ですから、わずかの貯金をあまり使わないよう気をつけて暮らしています。


そんなとっても暗くなりがちな毎日ではありますが、ともかく五体満足に生活できる事に感謝して一日一日を過ごしています。
ポールとは常に、”Put our heads down and keep our legs moving”(今をじっと耐え忍ぼう、でも決して歩みを止めずにいよう)と言い合いながら今を生きています。
耐えながらでも休まずに時を待っています。そしてその時はきっと来ると信じています。
 


マサ君からの電話とても嬉しかったです。

とにかく元気でいてください。そしていつかまた会えますね?

ノリコ


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ノリコさん

親身なって心配してくださり、とても感謝しております。

確かに世界中大変なことになっているようです。

そしてそれに比べれば大したことないのですが、お察しのように僕も今冴えない状態です。
 

ホノルルでも、各ショッピングセンターでのテナントの空きが目立っていましたし、やはり一頃に比べても観光客の数もぐっと少なかったです。

暮らしている人たちとしゃべっても、求人が少ない、昔ならバイリンガルなら、引く手あまただったのに今では皿洗いの口すらない、とこぼしていました。
事態は深刻そうでしたが、でも何となくあの太陽の下、何かそれ程の悲壮感は無かったような気もします。


人間気分が滅入ることが一番よくないんだなあとつくづく思います。

昔の人の言うととおり、暗い顔をしていては幸せはやって来ないようです。
とにかく元気でごはんをいっぱい食べ、たくさん運動し、目の前のやるべき仕事をする、そういうあたりまえのことをあたりまえに繰り返していくことが大切なんですよね。

ノリコさんのいうように、今はじっと耐えながらそれでも休まずに賢明に生きていかねば、、。

諦めずに、でも今このときを乗り切るため、いろいろ柔軟に物事を考えて、、、、そしてそのときを信じて、やってみます。 


アドバイス感謝します。

それからいつもこんな時だけ電話してしまいごめんなさい。 


今日はいつもの変わり映えしないお菓子じゃなくて「1Q84」同封してあります。
久しぶりのムラカミ、たまには昔みたいにどっぷり浸って読んでみてください。(でも昔のようにハマルかな?)
 

元気、ありがとう。
マサ

追申:来年は何とかしてハワイ島まで足延ばせるようにしたいと思います。

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タグ:ハワイ島 1Q84
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2013年05月29日

グローバル社会について今思うこと

国際社会といわれるようになって久しく、日常的に直接的にあるいは間接的に国内外の多種多彩な人同士が袖摺りあいながら今の社会は動いている。

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外国語を日々使い、あるいはネットを通じて、もしくは実際にリアルに海外を飛び回り、直接的なグローバル社会の中で毎日を生きている人たちの数はますます多くなっていることでしょう。

そして、相手の姿を直接に見ることもないけど、言葉とて交わすこともないけど、しかし品物を通じてとか、サービスを通じてとかのいわゆる間接国際社会の中で生きている人たちの数ともなれば、もうそれはトンでもなく多くなっていることでしょう。


確かにグローバル社会です。好むと好まざるとに関わらず、今はそういう世界なのでしょう。


そしてそうなるってくると、当然今まで無かった「問題」も多々生じてくることになります。

文化の違いとか、そもそも言葉の壁とか、、、、。 


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もちろん
外国人だって別になーんの変わりもない。

自分と合う人もいれば、合わない人もいる。

良い人間もいれば、コンチクショーとなるヤツだっている。


例え拙い外国語であろうが、真摯にもしくは熱意をもって伝えようとすれば、大抵のことは伝わる。


確かに、、、、



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マカロニチーズへの郷愁や、プラムの時の熱情や、かぼちゃ売り場がもみの木売り場と様変わりするハロウィン翌日の空き地をエッグノッグラテを飲みながら眺めることも、クリスマスの翌日にデパートへと返品交換するために押し寄せる風物詩も、、、


「外国人だって変わらない」

君の目の前にいる「良いやつ」が、今まで生きてきた時間の中で体験してきたこと目にしてきたことについては、実は君はほとんど知らない。


「別に知らなくてもよいでしょ?


だってアイツは外国人だけど話は合うし、良いやつだし、、、それで十分でしょ?


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もちろん外国人というくくりで、国や宗教で、ひとくくりにして分かったような風で、ステレオタイプの応対はいただけません。

当然
外国人だって我々のようにいろいろ、それぞれ、皆違う。


でも、我々が、「鯨ベーコン」に対して、「席替え」に対して、「部長課長」に対して、何となくそれぞれに思うことがあるように、そしてそういう種の思いは同時期にそういう時間を共有してきた人たちでないとそもそも共感しにくいこと話題にもしにくいことだったりするように、マカロニチーズやグレイビーソース、ルートビアに対して、さて日本人はどれだけ熱く語れる人がいるのだろう、、。

もちろん語るのはそれらのモノについてではありません。背景にある何かについてということで、その空気感がこそが肝となったりします。



とてもよく気が合うと思っていた外国人の、ある日のある行動で、突然「えっ」となることもあります。

例えば、、、大事に飼っていた金魚が死に、数時間落ち込んでいたと思うと、突然その死んだ金魚を水洗トイレに投げ入れ、、、ジャー、、っと!!

えっ!

だってもうモノだから、、。


間違ってはいけないのは、彼がとっぴなことをしたわけではなく、あなたが勝手に思い描いていた決め付けていた彼と違う行動パターンがあったことを、あたながはじめて知ったというだけのこと。

もちろん彼は相変わらず良いやつですので。誤解無く。
  


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ピーナッツバターのサンドイッチと生のベビーキャロットを弁当にしてスクールバスで学校に通い、ママンからは女の子にはお姫様へ対するように接するように幼い頃からしつけられ、人前でのスキンシップも言葉の愛情表現も臆さす表現する環境で育ち、教会に通い聖書を読む習慣が普通にあって、ハードリカーは対面的に好まず、歯ぶらしはやわらかいものだけを使い、シャワーは出かける前に浴び、、、、、、


外国人だってもちろん変わらないし、一人一人違うのだけれど、ただ見ていたモノや体験してきたコトは確かに君とはまったくに相当に違うということについては認識しておいた方が良いということ。


君と同じように彼もまたたくさんの経験と時間を経て今があり、そして今君と彼はとても馬が合い波長が合う。

でもその今はあくまで幸運な点であるということで、そもそも見てきた景色がまったく違っているということは認識しておいた方が良いということ。

つまり彼自身はそうでなくても、彼の見てきた人へ向けて彼のイメージする考えにより、彼もまた対応するかもしれないということを想像してあげて欲しいということ。

僕たちが「こういう場合はこうなってしまうかな。」とイメージするように、彼だって自身が見てきた体験してきたことをベースに、彼もまた「こういう場合はこうなってしまうかな。」と思うということもあるということもどこかで認識しておいた方が良いということ。


その方が「えっ!」とならずに済む。混乱しなくても済む。
 


友人関係ならまだよい、、、この国際社会では、好むと好まざるとによらず、相手と合う合わないとに関わらず、外国人との対応も不可欠となる場合がますます多くなるだろう。 


その時には、、、さて、、、「相手も人だ。誠実に話せば分かるさ。」で済ませますか? 


誠実に話すまではいいけど、、、もしその内容が、相手の世界ではどちらかというとタブーとされているようなことだったら? 

誠実なら許される?  


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話しは少し脱線しますが、、、

プロフェッショナルとアマチュアの多きな違いの一つは、人から依頼されてのこと、か、自身による依頼によるものか、ということだろうと思う。 
(自身の依頼によるものからスタートしてしかしその結果が他人から欲せられるとなるアマチュアはきっとアーティストと呼ばれるのだろうと思う。)  



プロの使命はあくまでクライアントからの依頼の業務を遂行すること。


医者の場合はクラインアンとは患者であり、政治家の場合のそれは選挙民となるのだろうか。

ともかく依頼されたことを全うすることが使命であり、アマチュアのように途中で自身の感情でわき道へ反れたり、道を変えるような自由はない。プロだから当然です。

医者は最短距離と時間で患部への処置をするだろうし、政治家は選挙民と約束した公約の実現を最優先の目的とするのだろう

任務遂行の過程で起こりうる障害にどう対処していくのかもプロの技だし、そもそもアマチュアのようにいちいち何にでも噛み付いたり主張したりしていたら、そもそものゴールへたどり着く前に終わってしまうかもしれない。
誰も限りある時間の中で限りある能力の中でしか生きられないのだ。

だからこそ優先順位をつけ、時にはやり過ごし、依頼された仕事の遂行を目指すのもやはりプロの仕事なのだと思う。

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技として、対外国に関して、時には丸ごと覚えることも必要なことだと思う。

何千年も続いていて未だ解決とならない政争にむやみに飛び込んでいっても、そこに出口を見つけられる可能性は非常に少ない。
それでも覚悟を決めてその政争の中で生きていくか、プロとして依頼されたはずの仕事を放り出してそこに飛び込んでいくのか、、。


でも待って、、、君の仕事は、君のプロとしての任務はもっと他のところにあったはず、、、。

そのために君の仲間も家族も応援し時に我慢したはず。

見過ごせない君の性格はとても誠実だ。

もちろんそういう君だからこそ応援したい人は多い。


でも君はプロとしてしなくてはならないことがあったはず。


誠実に相手の国の歴史を学び、誠実にその言葉を学び、納得いくまで誠実にそこで留まり、そこにたくさんの年月を費やし実体験もし、、、

しかしこれでは、ようやくかすかに理解しかけた時にはもう君には時間が残っていないということもあるのだ。


君はプロとして何をすることが使命なのか。


誠実にということは確かに大切だけど、さて何に対して一番誠実であるべきか、を考えていたい。

本当に誠実に対峙すべきその時とそのことに備え、テクニックやテクノロジーの恩恵を十分に活用し、丸ごと覚えてしまう、ということだってあって然りだと思う。
わざわざその国の人たちが最も感情的になるだろう言葉を発してまでどこまでも持論を展開し続けるより、やり過ごす、ということも覚えて欲しい。

論破を目指すより、時に触れないことを、少なくても今触れるべきではない物事を、敢えて感情をいれずにただ丸ごと覚えて欲しい。

プロとしてクライアントと約束したゴールは、もっと向こうにあるはずだから。 

本懐を遂げるまでその時にまで、どうかやり過ごすということも覚えて欲しいと思う。 


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金魚が死んだことはとても悲しい、でも死んだ金魚はもうモノ。 

これを丸ごとそのまま覚えること。

そういうものかあー。ヘー。

これで十分。 


だって魂が、、、というようなことを語りだすと、、、それは別の扉を開けてしまうということでもあり、、それはつまり、場合によっては大切なものまでなくしかねないのです。


目の前の相手は外国人だけど今まで付き合ってきた人たちとまったく変わらない、それ以上に良い人、優しい人、、。 

でも相手はあなたの知らない体験と時間を経て今ここにいることを、認識しておくこと、丸ごとそのまま覚えてしまうこと、目先の疑問にいちいち突っかかっていくとそのためにもっと別の大切なものまでなくしてしまうかもしれない、ということも覚えておくこと。

もっと先にはもっと驚く、すごいことが待っているから、自身の殻の中であちこちに噛み付かず、プロとして任務を遂行した先にあるものを信じてそこを目指していたいと思う。


  


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来月6月25日から7月20日頃までハワイ島パホアに滞在している予定です。

尚その間は日本で使用してる携帯電話は電源をオフにしておくので通じません。

ご連絡はハワイで使用する現地の携帯電話(808)375−2440宛に国際電話をかけていただくか、あるいはいつものように aloha@hawaii-consultant.com 宛にEメールにてご連絡ください(PCだけはいつも持ち歩いておりますので、出張中は各WIFIホットスポットにて随時返信してまいります)。


マハロ&アフイホウ
笹本正明
@海外ロングステイ相談室
http://hawaii-consultant.com/  

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タグ:国際社会
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2013年10月18日

ハワイの四季とカリフォルニアの七分丈トレーナーシャツ

コーヒーチェリーが赤く色づき、マウナケアの山頂に初雪が舞う頃、ハワイ島は秋から冬へと向かっていく。

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常夏の楽園ではあるけど、もちろんこの島にも四季はちゃんとあります。

春になると高原のワイメアでは甘いイチゴが採れます。

夏にはジャングルのプナ地区でマンゴーは旬を迎えます。

更に秋ともなれば珍しいホワイトパイナップルのさっぱりとした甘さを堪能できる短い期間もやってきて、その後の早冬までは香しいビッグアイランドのコーヒーの実りのシーズンとなります。

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ちゃんと季節があります。

くじらは冬にならないとが見かけませんし、常夏の島ですが冬には雪だって積ります(富士山より高い4千メートル級のマウナケアとかマウナロアだけにだけど)。晩秋からマウナケアの山頂は真っ白に雪が降り積もります。

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あと実は春先のコナのフアラライ山にもほんの限られた間だけ「雪景色」を見ることができる時期もあります。

「春の雪」です。

ただこれは本物の雪のことではなく、雪のような景色のことなのですが。


季節は春、日本は桜の季節です。

ちょうどその頃ハワイ島はコーヒーの花の季節なんです。

コーヒーの花は真白く、ちょうどその様は雪の花々のように見えます。

だから地元では別名このコーヒーの花のことを「コナ・スノー(コナの雪)」と呼んでいます。

同じ春、日本では桜が咲き誇り、ハワイ島では「コナの雪」が咲いています。そしてそのどちらの花も、ごく限られた僅かな間だけに美しく咲きそして散っていくのです。

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ここ最近日本でもそうであるように、ハワイでも、そして加州でも、昔からの気候とは、四季とは少しばかり様子が違ってきているようです。


ヒロではここ数年雨が少なくなってきている一方で、ホノルルではその逆に強いシャワーが降る日が多くなってきています。

日本では春と秋が非常に短くなってきているようで、その分すごーく暑い夏からいきなりすごーく寒い冬へと移行していくような、ここ数年そういう実感もあります。

異常気象?

もちろんそうなのでしょう。


過去イメージしていた地域地域の気候についても、これからは改めて見直していった方が良いのかもしれません。


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「その土地の気候を楽しむ」、それは海外へ滞在する際の楽しみでもあります。

ハワイは夏は避暑地に、冬はリゾートになります。

サンフランシスコには夏はないと一般に言われていますが、実は秋の1週間ほど「インディアンサマー」と呼ばれる暑い暑い数日があります。そしてそれが終わると突然に気温は下がり冬へと向かいます(とはいえ日本ほどの寒い冬ではありませんが)。

こういう風に日本ではなかなか味わえない、表現すら困難なその土地ならではの気候を体験するのは、実に楽しいことです。

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日本ではない気候だから、日本ではない洋服の着方だってあります。

革ジャンにTシャツ、日本の気候ではなかなかこの着方にあう奇跡的な一日を見つけるのは困難でしょう。

でもこういう服装はたとえばサンフランでなら普通の着方です。

こういう服装をしているのがまさに気候に合っているのです。

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ハワイやカリフォルニアに行ったことのある人なら、「日差しは暑い。でもその暑い中空気を時折かきまぜる冷たい風によりひんやりとする。暑いけど涼しい、というような感覚」を理解してもらえるでしょうか?

日本の夏は暑い湿った空気もずっとそこに居座っていて、ずっと体に厚いベールのようにまとわりついているから、余計に暑く、息苦しい。

一方、同じ気温でも、その空気は軽く、そして時折吹くとても冷たい風がその暑さをかき交ぜ体に当たるので、まるでよく混ざっていないお風呂に入ったような暑さと涼しさが交互に現れるような体感をその街を歩きながら味わうことができる。そしてこういう感覚はまず日本では味わえません。


だからたとえば「七分丈のトレーナーシャツ」などは、昔日本で一時流行ったけど、でも日本ではこれを着る時期がほぼなかったりするので、なかなか定着はしないのです。

でもこの七分丈のトレーナーシャツはLA辺りでは定番です。

「革ジャンにTシャツ」に至っては、これは本当は日本ではやってはいけないものでしょう。

何しろ奇跡的な一日二日を除くと日本でこんな恰好をすればまず、蒸れるか、寒いか、そういう結果としかならないでしょうから。

でもこの服装、サンフランの気候には非常に便利なので、だからこれはおしゃれというよりも、コンビニエントでという意味で定番となっているスタイルなのです。

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洋服の着方はやはりその土地の気候抜きで語れない。

でも日本は相当にオシャレさんの多い国でもあるので、ついつい我慢大会があちこちで開催されてしまいがちです。

苦しくないのかなと個人的には思うのだけど、でももちろんそういうのは好き好きです。

もしかするとそういうところにこそ日本の粋とか伊達とかがあるのかもしれません。わかりません。


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サンフランは加州だけど、一般的にイメージされるカリフォルニアと全く違う街といえるのだと思います。

何しろここは一言で言うと、「寒い」、ひたすら「寒い街」です。

雪こそ降らないけど、夏も上着必須です。

だいたいにして年間を通じて10度から20度の中の気温の中に収まる街なのです。

港はあっても裸で泳ぐためのビーチはないし、砂浜はあるけど、そこは年中必ずウエットスーツを着て水に入らないといけないし、だからサンフランとはいわゆるザ・カリフォルニアのLAとはまったくに異なる別のカリフォルニアということです。


泳げないカリフォルニア、寒―いカリフォルニア、これがサンフランシスコです。

(そうそう例えばオアフ島と他島が同じハワイでもまったくに異なっているのと似ていますね)


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でも一方このサンフランシスコという街は非常に人気がある街でもあります。

何しろ常に全米で住みたい街のトップ5に入るというサンフランです。

繰り返しますが、ここは、全米一家賃の高い街!朝夕に視界を遮断する厚い名物の霧が立ち込める街!寒―い街!です。

しかし、、、、全米一家賃が高いということはつまり、それだけ人気があるということ。

年間通じてずっと秋のような気候ということは暑すぎず寒すぎず実は意外と過ごしやすいということ、霧が立ち込めるということは適度な湿り気もあるので人間の体には良いということ(さらにはロマンチックでもあること)、、、。


西部劇の時代からゴールドラッシュの時代からある歴史のある街です。

街にはいまだにロココ調の建築、ビクトリア調の建築物が現役で存在しています。(エレベーターが重い格子扉との手動の二重扉となっていて、デジタルでなく針で階数を指すアレ。部屋の暖房には暖炉の他に、張り巡らされた温水給湯のお湯を循環させるタイプのパネルヒーター。これが朝にはカタカタとけたたましく高温で鳴り響くという、あの街ならではの朝。)

サンフラン名物の坂があったから生まれたケーブルカーやマウンテンバイク、更にはゴールドラッシュの時代にあの有名な丈夫なブルージーンが誕生し、これまたゴールドラッシュの時代に財をなしたスタンフォード氏の手により設立された大学の卒業生たちにより、今現在はサンフランシスコ・ベイエリアと呼ばれるこの地域は世界のIT業界のメッカとなりますます地価は高くなっています。

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近年急速に開発が進んだもともとは広い砂漠だったLAやベガス、はたまたハワイ島のサウスコハラの高級リゾート地などは、当然もともとがもともとなので雨はほぼ降りません。

だから撮影のスケジュールの予定が立てやすいこともありこの地に映画の都ハリウッドが作られたし、NVのベガスやHIのサウスコハラには豪華な巨大リゾートが建設され、そしてそこには大勢の旅行者が訪れ、貴重な短い滞在日数を雨で台無しにすることなくレジャーをたっぷりと楽しんで去っていく。

たっぷりと資本を投下され設備を整え、環境、気候さえも管理している、そういう未来の街。

だから古くからある街と違い急こう配の坂を息を切らし昇っていく必要はない。
ずっと平ら、ずっと広―い景色だけが続いている。

毎日決まった時間にスプリンクラーによる放水が行われ、選びに選ばれ配置整備された植物を潤す。
リゾートは人が長年夢見てきた楽園そのものの姿を保つ。

人はそここそをハワイだと思い訪れそして短い滞在を終え帰っていく。

ただひとたび裏側に回るとそこにはラバの砂漠の景色がずっと続いている。

人は楽園さえも作り出すことができるのだ。素晴らしい。


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でも一方で、そういう完全な人工の楽園に泊っていながら、わざわざ人は不便極まりないボルケーノへも訪れたがるし、デコボコの急な坂道を下ってワイピオの未開発の谷へ望んで落ちていく。

騒然のサンフランのチャイナタウンを人混みをかきわけわざわざ歩く。

ケーブルカーに乗り、急こう配を駆け降りることをついついやりたがる。

空調の効いたベガスのホテルからわざわざ出て、なぜ灼熱のデスバレーへ出かけるのか?

人は楽園だけでは満足できないのかもしれない。なぜ?

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コナコーヒーが採れるフアラライ山脈は標高が1000メートル以上の連峰であり、高所なので涼しくそして朝夕霧が発生するので適度な湿気が常に保たれている地域だ。

「常夏の楽園」のハワイ島にはこういう涼寒い場所が実はいくつかある。


ワイメアの戸建には普通に当然に暖炉がある。

そこに住み、そして車でわずか20分の場所に美しい白砂のビーチがありそこで泳ぎ、夕食は暖炉で焼いた地場の牧場で調達したステーキを食らい、ボルケーノワインを飲む。

ちなみにこのワイメア(カムエラ)はハワイ島でも1,2を争うほどの人気の且つ地価の高い地域でもある。


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豪華な便利な、もともと砂漠だった楽園なら夜でも当然エアコンは必須だけど、しかしむかーしからそこにあった街ではエアコンは不要だ。だってそもそも昔はそんなものなかったから。

そこは、その昔、人がそこを選んで住みついたという場所。

つまりそこには今の時代では気が付きにくい自然の奇跡があるもともと備わっている場所ということなのだ。

次のハワイ島滞在では、あなたにもその奇跡に出会ってほしいと思う。


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短い限られた旅行だから、行きたいところもやりたいところもたくさんあるから、ならば計画をしっかり立てるためにも雨はいやだ。だって予定が立たないから。だから行き先には少しくらい高くても便利な人工の楽園を選択するだろう。

でももし人が長く滞在するのなら、本当は雨のない地には住めないはず。

まず数日で肌にくる。喉にくる。気持だってからからとなってくる。


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計算を重ねてもできない自然の造形美にうっとりして、エアコンの風ではまだ再現できない天然の奇跡の湿度を含んだ風を受けながら、庭のパパイヤを食べる。

窓を開け、涼しい貿易風を感じながら、世界で一番美しい星空を眺める。

Tシャツ、ショートパンツだけだと夜は少し寒い。パーカーの一枚かトレーナーシャツをはおる、それで心地よい。

毛布にくるまりながら、朝の雨音を聞きながらもう少し寝坊をしてみるのもよい。


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何でもないことだけど、きっとじんわりと気が付くと癒されているから。


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一方、サンフランの夜。


ディナーも何も車でという文化だから、夜のカフェ文化はこの街ではとても充実している。

何といっても昨日今日の付け焼刃でのカフェ文化ではない。

ここにはオシャレではない、生活に根付いたカフェがあるのだ。

この街では、カフェで季節を感じ、街そのものを感じる。

ミッションでのディナーの後はポトレロ・ヒルのカフェで人形劇を見ながら、この時期はやはりエッグノッグラテをディカフェで作ってもらう。

バーに行かなくても、酒を飲まなくても、夜は楽しめる、これは住んでみてわかったこと。

カフェってそういう場所、しかもそういうカフェが繁華街だけでなく、あたりに何もないヒルの上にぽつんと一軒だけ、真っ暗な中にそこだけにオレンジの明かりがともっていて、中は楽しそうで幸せが漂っている風で、なんだかすっと引き込まれてしまう。

「カムィーン!ワイナッァート?」

まったくに閉鎖的ではない。

おいでおいで。何ぼっとしているの?

すぐにどこでもパーティーが始まる。

大がかりではない気軽な気さくなパーティーがどこでも簡単に始まる。


夜のサター通りのバス停でもし5分も待っていたら同じ待ち人に声をかける。世間話が始まる。

閉鎖的ではない。


たまたま誰かと同じ空間と時間を共有しているのだから、だから声くらいかけよう。

深い意味はない。深い関係を求めているわけでもない。

ただたまたま縁あって同じ空間を共有したのだから、、、。

だから飛行機でも隣の席の人に声をかける。

でもそれ以上はしない。

深入りはしない。だってもともと知らないもの同士なんだから。

たまたまのその縁だけを共有する、それだけ。

限られたその時はしごく好意的に、でも時が過ぎればもう終わり。
そういうことに慣れている。

開放的だけど、でも慣れ慣れしいのとはまったく違う。

あくまでバランスよく。

オールオアナッシングではなく、バランスよく。

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東京でも素敵なカフェを見かける。

でも残念ながら(仕方ないのだろうけど)周りの景色に馴染んでいない。

どうしても統一感がない。違和感がある。

そのオシャレなカフェだけが突出している。

やがてそのオシャレなカフェはそのまま居抜きで飲み屋となり、その後チェーン店のカレー屋となり、三年後にはラーメン店となっている。
もともと周りの景色に馴染んでいなかったのだから、そこだけ街から刳りぬいたところで何の違和感もあるわけがない。
ただ中のオシャレなお客さんごとどこからから現れてまたどこかへそのまま移動しただけのことなのだから。



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ハワイ島のハナホウ・レストランやサンフランのカフェローマで過ごす時間は、たぶん店で過ごすというより、その空間、その街自体を、その空気感丸ごとの中で過ごしている感覚に近いんだと思う。

僕はそこでお茶を飲みながらいつもの近所のおっちゃんたちと店員たちとの掛け合いをいつものようにぼけーと聞いていたりする。


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文化を丸ごと持ってくるのはなかなかに難しいこと。

どこかから素晴らしい料理の味と店舗のデザインを丸ごと持ってきても、それだけでは続かない。


わざわざゴールデンゲートブリッジを渡りオイスターファームまで行って、帰りにはナパでグロリア2本とそして食後のための甘いクンデも念のため調達し、リッチモンドのアパートメントへ戻り、友人たちを誘って気軽なパーティーをする。

採れたてのワイメアのいちごを抱えてホルアロアの友人宅のラナイで春の「コナの雪」を眺めながら、自然の奇跡をじんわりと味う。

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時には不便も良いんだと思う。

便利だけではきっと満たされない何かがあるのだとも思う。


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奇跡を見たい。

驚いてもみたい。

思いっきり笑いたい。

心から感動したい。


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楽園でついつい魔が差したアダム、、、気持ちはよーくわかる。





例えば日本の桜の季節。

そしてハワイ島はコーヒーの花の季節。どちらもごく限られた僅かな間だけ美しく咲き誇る。

ハワイ島のコーヒーの花は別名「コナ・スノー(コナの雪)」と呼ばれる。

真白い花々はまるで木々に降り積もった雪のよう。

見てみたくはないですか?

ハワイの春の雪景色、美味しいコーヒーを飲みながらご堪能あれ。

アロハ
笹本正明
@海外ロングステイ相談室
http://hawaii-consultant.com/

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2013年11月13日

チャイナタウン


昨今アメリカでは「チャイナタウン」が消滅の危機を迎えているといわれている。
 


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中国の経済が飛躍的に発展し、母国の生活水準が急速に良くなっている今、しかしそうなると昔のように、生きるために苦労してアメリカに移民して、、、そしてやがては中国から家族を呼び寄せて、、、そういうことをしていたかつてのハングリーな中国人移民の数が近年激減してきているという。 


おまけに近年アメリカ各地では「再開発」という名のもとに、ずっと手つかずだった雑多なチャイナタウンの周囲にまでどんどんこぎれいな高層建築が建つようになり、全米で名の知れたチェーン店の大型マーケットが次々に進出し、チャイナタウンの周辺地域、この街そのものを根底から変えていく。 




もちろん再開発は「悪」ではない。
 

ましてや、母国が発展していくことは非常に喜ばしいことだ。  



どんなきれいごとを並べても、どうしたって貧しいということは、つらいし、みじめな気持ちにだってなる。
  



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チャイナタウンは、
かつてそこは異国で生き抜くための唯一のツールとしての地だった。 



しかし母国の経済がこのままますます豊かになっていけば、もうわざわざ単身で家族のために米国くんだりまで片道切符で渡って行って、苦労を重ねた末にようやく念願かなって家族を呼び寄せて、、、なんて、そんな大変な思いをしなくても、もういい。   



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その昔まだ中国が今ほど発展していなかった当時、まだ香港が返還されていなかった頃、多くの中国人たちが米国各所のチャイナタウンを目指した時代があった。
 


それは希望に満ちたものとは必ずしも言えない。
とにかく食べるため。生きるため。家族のためだ。  



貧しいからこそ海を渡った彼らだから当然英語教育など受けていたはずもない。
だからやっとの思いで米国まで来ても、働ける場所は、受け入れてくれる場所はどうしてもチャイナタウンだけ。 



言葉、教育、ビザなどの問題で、ほとんど下働きのような単純肉体労働しかない彼らだったけど、それでも仕事があるだけまし。
仕事内容についてなど贅沢は言わない、仕事に充実など端から求めない。
もっと先の目的のため、仕送りを待つ家族のため、アメリカに呼び寄せるその時まで、安い時給なら、ひたすら働ける時間を目いっぱい増やす。金を稼ぐことこそが何より主眼なのだ。  



早く家族を呼びたい。本国でひもじい思いで暮らしている家族を呼び寄せたい。
そのためにはお金が必要。
何よりお金がなければ幸せにさせてあげることなどできない。食べさせてあげることなどできない。 


寝る間を惜しみ、時に別の外国人たちからは陰口さえ囁かれながらも、少しでも合理的に割高に金を稼ぐことを追い求め、やっと念願叶い、努力が実り、家族とともに暮らせる幸せを得る。 


ハングリーなのだ。  



嫌だったら、ダメだったら帰国すればいい。
そういう富める国から来た我々とはもともとの生きる地体力が違うのだ。   



そうやって寝る間を惜しみただただひたすら働きに働いた一世たちの場合、何十年いても最後までまともな英語を話せるようにはならない。何しろずっと単純肉体労働ばかりをしていて、ずっとチャイナタウンにいてその場所ですべてが賄えるのだから、いつまでも英語を話す機会も必要性もない。
そういう意味でも、当時のチャイナタウンというのは、ますますに独自の独特の文化とスタイルを極めていた。そこはアメリカでありアメリカではなかった。    



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しかしアメリカで生まれたその後の二世たちはまったく違う。 


彼らは親の期待を一身に受けアメリカの学校に入り親が受けられなかった高等教育を受け、同時に家とチャイナタウンでは厳しい中華の教育をも受ける。
彼らは流暢な英語と中国語を操り、チャイナタウンでもダウンタウンでもファイナンシャルエリアでも臆せず堂々とふるまう。
何しろ彼らはアメリカ生まれのアメリカ人、チャイニーズアメリカンだから。  



彼ら二世のチャイニーズアメリカンは、受け身でひたすら黙々と働いていた一世たちとは違い、今彼らは彼らの国アメリカの優秀な担い手だ。
発展著しい中国や香港、台湾などの情報やコネクションを追い風に、チャイニーズアメリカンである彼らならではの特性を武器に、現代アメリカで最も活躍している層の一つでもある。 


アメリカ生まれの彼らは、海を渡りやって来た一世たちとまったく別の存在へと変貌していく。 


懸命に働く一世たちの姿を見て育ち、親子兄弟親戚一同で助け合うチャイナタウンというコミュニティーで育った彼らは、勤勉でそして強力なネットワーク持つ。  



時は経つのだ。 

あの頃の一世たちの多くが徐々に老齢の域へと向かってきている今、今後十余年が更に経ち完全にアメリカ生まれの二世たちの時代ともなれば、、、その頃には少なくてももう彼らにあのチャイナタウンでの生活はそぐわないのだろう。


時代は変化していく。 

全てのモノには必ず終わりの時がやってくる。     


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あるいは今後は「チャイナタウン」を歴史財産として観光地のごとく保存していく、これからはそういう動きとなっていくのだろうか。  


朝のにぎわい、騒音、夜の静寂。独特の匂い、汚れ、混沌、狭さ、乱雑。活気、熱気、シンプルさ。 


たとえ街の景色をそのままくりぬいて保存して観光地化できたとしても、そこには表現できないモノがあまりにたくさんあることだろう。  


ならばいっそ、時代の流れ、と受け止め、時代にあらがうことをやめるのも一つ。 


もしその場所が一つの役目を終えたのだとすれば、それはそれでそのままただ終わればいい。 



 「チャイナタウン」に限らず、今はあちこちで再開発が盛んに行われている時代だ。 

かつて混沌としていたあやしげなエリアが大規模に再開発され、その後にはこぎれいなコンドミニアムや商業ビルが建ち並び、そこにチェーン店の大型店がテナントとして入る。そんなエリアがあちこちに同じようにある時代。  


そんな時代には街々の地域地域の大きな違いを見つけることは困難なのかもしれない。   


セーフウエイもロングスもメーシーもノードストームも、結局今ではもう全米どの街に行ってもある。 


確かに便利だ。
生活が飛躍的に便利になる。 


一方、また街が消える。
思い出深い建物がまた一つなくなる。
ノスタルジック。  


しかしどんな感傷を述べたところで、日々の暮らしの便利さに勝るものはない。 

感傷は一時であり抽象的であり、他方、生活は毎日であり具体的なものなのだ。   


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観光地のチャイナタウンに、そこに既にあの「匂い」と「音」と「怖さ」がなくなっている今、場所自体の問題ではないことはわかりきっている。 

それは心の問題だから。 

ノスタルジックを突き詰めていくと結局はシングルモルトを舐めながら混沌の毎夜を過ごす羽目になる。 

時代は変わるのだ。    


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今何より世界がどんどん狭くなっている。 

世界と簡単につながれてる、遠くの誰かとあっという間に情報の共有もできるようになっている。 


片道切符で横浜港から今生の別れで旅経つ必要はもうない。 

気軽に行って、そして気軽に帰って来られる。
驚くほど安価にそういうことができる。  


何なら無料で世界の果てからテレビ電話で愛を語ることだってできる。 

昔は手紙でそれをしていた。
国際郵便は届くまでに長い日数がかかったし、時に届かないこともあった。
それが今生の別れになることにつながることだってあったのだ。  


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 「感傷」や「情緒」だけでは片づけてほしくないと思う。 

やはり便利なツールはあった方が断然いいのだと思う。 

不便な時代に戻るのは、片道切符の貧しさの中で、あの下働きの重労働の毎日に戻るのは、やはりもうごめんだ。      


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今から十余年ほど前僕がサンフランシスコにまだ住んでいた頃、僕の周りの中国人たちの多くは「生きるためにそこにいた」そういう人たちがまだまだ圧倒的に多かった。 

家族単位で、あるいはもっと大規模な親戚単位で、計画的に段階的に、海を渡り生活の拠点を徐々にその街に移していっていた。 

一方それに対して僕の周りにいた日本人とか韓国人の知人の多くは「そこに住むため、そこで学ぶためにそこにいた」という人たちが多かった。
もちろん僕自身もまた「そこに住みたいから来て住み着いた」という一人だった。  

目的が根本的に違っていた。 

だから覚悟もまったくに違っていた。 

生きるためにそこへ来なければならなかった人たちと、そして来た以上はそこで行き抜かねばならぬ人たちと、一方、来たいから来たというだけの僕らとのその圧倒的な覚悟の違いを感じた。  


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「チャイナタウン」とは、生きるために海を渡らねばならなかった一世たちが、生き抜くために「ツール」として作り上げた場所のことなのだろうと思う。 

言葉ができないから一人では自立はできない。しかし金もないし時間もない、教育も受けられない。
だから同じ境遇の同胞たちで力を合わせて何とか生きて抜いていくための場所。  


そこはたとえば異国にある駆け込み寺のような場所だったのかもしれない。   



かつてチャイナタウンに限らず、日本人街も、イタリア人街も、メキシコ人街も、移民の国アメリカではそういう場所は各所にあった。 

しかし例えば日本人街などは母国日本の発展とともにいち早く駆け込み寺としての意義を終え、今ではもう既に、ある種の形骸の様相となっている。 

形こそまだあるけど、そうなった最初の理由自体はもうそこにはない。 

日本食レストランやお店は多々あれど、経営者はコリアンだったりチャイニーズだったり、、、、、。 

もちろんこれも時代だ。 

その場所はもう観光地「ジャパンタウン」という場所でしかない。   


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時代は変わるし、言葉も文化も変化していく。 

日本人としての、中国人としての、アメリカ人としての、そういうアイデンティティーですら相当に昔とは違ってきていることだろう。   


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例えば料理の世界でも、フレンチでもイタリアンでも当たり前のように醤油を使うこともあるし、魚でカルパッチョということもあるし、逆に和食にトリフやフォアグラを使いワインを合わせることもある。 

これだけ世界が狭くなってきているのだからそういうのはもう当然のことだと思う。 

しかも輸送技術も冷蔵技術も高い現代で、なぜ四川だからといってなぜフレンチだからといって、大昔の新鮮な食材が手に入りにくかった時代の料理法をかたくなに守り続ける意味があるのだろう。 

和食の片刃包丁を使うイタリアンシェフがいてもいい。きっととびきり美味い魚のカルパッチョを食べさせてくれるのかもしれない。     


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再開発により、どの街にも同じようなチェーン店の大型店ができていく。 

そういう時代。 


でも、マクドナルドにはご当地メニューがあるように、ウォールマートにはローカルコーナーがあるように、大型店だからといって必ずしも街の個性が消えるということでもないのだとも思う。 

ハワイの人の食生活からはポイは欠かせないように、サンフランの人からサワドーは欠かせないように、その街の住民の買いたいものは同じ名前の大型店でも街々により違う。 


個性は消そうとしてもそうそう消えないものだと思う。  


例えば伝統的なステレオタイプの和食を食べなくなってきている現代日本人だとはいえ、世界の人から見たら僕らの食事はまだまだ全くの日本食。コメを食べ、醤油味を好み、お茶を飲み、です。 

ただ大昔の時と比べると確かに変化はしているというだけのこと。 

そういう変化の過程で、残るべきものは残るし、消えるべきものは消えるだけ、ということ。 

実際、今の江戸前寿司にしても、あるいは肉じゃがだって、テンプラだって、すきやきだって、歴史、それほど古いものではないですしね。    


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ハワイにもサンフランにもセーフウエイもカスコもあるし、何なら東京にもスターバックスもあるけど、皆同じかといえば、意外と違う。当たり前。   



そうそう街は変わりません。
たかだか新しい建物ができたくらいで、たかだか新しい大型店が進出したくらいで、そうそう街は変わりません。 

何が起こっても、所詮変わるべきものだけが変わるし、残るべきは残るもの。   


たぶんそういうのが個性なのかもしれないと思う。 

消そうにも消えきれないもの、じんわりと残るもの。
それがその街の「今」の個性。   


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確かにもう昔のようなヒッピーの匂いをサンフランのヘイトに求めても、昔とは同じ匂いはないけれど。
でもこれが今のサンフラン。 

それでいい。
だってこっちも、それを感じている僕自身にしてももう昔とはだいぶ違うのだから。    


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牧歌的だったハワイ島のパホアにも近年急速に大型店が進出してきて、昔からの小売店が最近閉ったりとあったけど、それもこれも含めて今のあの街。    


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それでも、この「今」は、必ずあの「昔」とつがっているから。 

昔があっての今だから、だから隠そうにも隠れきれないモノがそこには必ずあるから。 

それこそが個性なんだと思う。   


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ポイのスタイルや食べ方が時代とともに変わってきても、そもそもあの「昔」があったから今のポイのそれがあるわけで。
   


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歴史がなかったのに突然現れて、そしてあっという間に消えていくのはただの流行り。


一方、流行りだと思っていたのが、しかしそこから始まって新しい歴史として今に根付くというのももちろんある。

明治の日本のスキヤキ、テンプラ、カレー、こういうのはもちろんそうだし、あるいは今のアメリカのSUSHIやSAKEもそう、、、、、。   


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わざわざ苦言など言わなくてもブームで終わるものは勝手に終わりますし、魅力的なもの必要とされるものは、形を変えながらその土地の文化と融合して残っていくもの。 

それこそが時代の流れ。 

そしてそのことはとてもおもしろいものです。     



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「チャイナタウン」とは、そこは帰る場所のない一世たちが異国で必死に生き抜くために作ったかけがえないない場所、ツールなんだと思う。  



でも時代は変わり、母国は発展し、そして世界も狭くなり、チャイナタウンはもう当初の意義を終えたのかもしれません。  


だからその場所を今後、観光地化したとしても、さて何か意味があるのかなとも個人的には思うのだけど、、、、どうだろう、、、、もちろんそういうのは時代が決めていくこと、結局、残るものは残るし、残らないものは無くなっていくだけ。  



その昔「チャイナタウン」は正に唯一無二の場所だった。 

そこでしか味わない空気感が確かにあった。     


時代は変わる。 

そこに行っても、あの時感じた空気感はもうないし、ましてやそれを感じていた自分ももうあの時のままではない。 

その時はそういう時代だった。
たぶんそれで充分だ。 

わざわざ抜け殻を磨いて展示しても、そこには真意などもうない。    


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それよりも今の二世たちを見る。
 

もう「チャイナタウン」で暮らしていない今この時代を生きている二世の姿を見る。 

面々と繋がった一世たちの姿をその奥のどこかから感じる。 

隠そうにも隠れきれないモノがそこにはある。 

姿形こそ時代とともに変わってはいても、どれ程スマートになり洗練されてはいても、ちゃんとそれは受け継がれています。 

それだけが残るべくして残った親からの大切な「思い」なのだと思う。    



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<連絡>

来年1月半ばから2月末までハワイ島に滞在している予定です。 

尚その間は日本で使用している携帯電話は通じませんので、ご連絡の際にはハワイで使用している携帯電話(808)375−2440宛に国際電話をかけていただくか、あるいは通常通り aloha@hawaii-consultant.com 宛にEメールを送ってください。
PCだけは世界中どこにいっても常に持ち歩いておりますので、各所のWIFIホットスポットから随時返信していきます) 

アロハ
笹本正明
@海外ロングステイ相談室
http://hawaii-consultant.com/  

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2015年01月07日

ハワイ島不動産 ➔ ハワイ島を楽しむ


ハワイ島火山の溶岩流の最新情報は↓

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130号線パホア交差点へと迫っていた溶岩流先端部は、再び奇跡的にパホア・マーケットプレイスまであと僅か約800メートルの位置で失速し、もう2週間停止したままです。

どうかこのまま、どうかこのまま止まってくれますように、そう願います。

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もちろん、これで安心、全て終わりではありません。

最先端部こそ今停止した状態ですが、しかし途中噴出流の活動はまだまだ止んでいません。


北へ向かい進み出した部分もあります。
なので場合によっては、この途中噴出流部分が次の最先端部へとなって、今度はアイナロアとかハワイアンエーカーズとかファーンエーカーの方へと脅威が移っていく可能性もあるかもしれません。

いずれにせよ大本のプウオオ火口の活動が止まない限り、プナ地区の住民達はこれからもずっと溶岩の動きと日々向き合って生活していくことには変わりません。

慢性的なストレスは蓄積されていっていることでしょう。

どうかどうかくれぐれも元気でいて下さい。


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尚、緊急時迂回路として一般通行が許可され開放されていたナナヴァレからハワイアンショアーズを通りハワイアンパラダイスパークへ抜け130号線へと繋がる「レールロード」は、ここ最近の溶岩流最先端部の停止状態に伴い、130号線寸断の危惧が当面なくなったとして、明日の午後再び緊急時が訪れるまで通行止めとなる予定です。

更には現在テナントの多くが避難したパホア・マーケットプレイスの再開計画についても、これから話し合われていくとも発表されました。
もちろん即時の再開は難しいかもしれませんが、あの時、ここにまもなく溶岩が流れ込んでくると避難命令となったことを考えれば、再開についてを話し合われるようになったことだけでもすごいことです。

奇跡は確実に起きています。

良い年になることを願い、期待していたいと思います。


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ところで今さらですが、僕の仕事は「日本に住む日本人がハワイや米国本土と繋がる時のお手伝い全般」です。

それは例えば日本人のハワイ不動産の売買時とか賃貸時とか名義変更時とか、そういう際の日本側と米国側両方で必要な手続きのお手伝いだったりします。

あるいは日本在住の日本人の米国各州でのビジネスの際のお手伝い、たとえば適切な人や物を探してきたり、伴走者として総合的に細かく全体を見てチェックしたり、そういうことだったりもします。


そしてそういう仕事の中で、ここ数年は特にハワイ島とは縁が深いです。

海外ロングステイ相談室」というウエブサイトを運営していることもあり、ここにはいわゆる「相談」ごとが多く寄せられてきます。
そして一時期寄せられる相談ごとの大半が、ある特定の日本にあったハワイ不動産会社に関するものばかりという一時がありました。ちょうどその会社が倒産した頃です。

そしてその相談ごとはほぼ、今の溶岩流が迫るハワイ島プナ地区の不動産のことに集中されていました。

相談者自身そのプナ地区に土地不動産を所有していて、そしてなぜか家を建てるわけでもなく、そもそもそこを訪れたことすらないまま、何十年もたただ所有し続けていて、ただただ固定資産税を支払い続けているという人たちがほとんどでした。

そういう相談者たちに、本当の市場を説明し、郡からの州からの実際のデータを見せ、購入時の支払った金額と実際の市場とのトンデモナイ大きな差を示し、時に嘆かれ、時に怒られたりもしました。


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本当は何十年も支払っている固定資産税のその安さ、それで気が付くべきでした。

いや、、、おそらく本人は気が付いていたのでしょう。

気が付いていたけど、でも認めたくなかった、ということかもしれません。


安い固定資産税です。

毎年支払い続けていくのに困難な額ではまったくありません。

ならば、このままでも良い、、、何も現実へと向く必要はない、、、。

誰も困りやしない、せめて夢だけはずっと持っていられる、、。


何しろ、当時の市場価格の7倍8倍もの金額で買わされたのですから、どうやったところで同じ金額で売却できるわけはありません。

ましてや相手の会社は倒産し、逃げ得です。

やりきれない怒りをぶつける場所はどこにももうありません。

逆に売却をしたら、現実の世界を見てしまったなら、その怒りは自分へと戻ってくるかもしれないと想像もしてしまいます。

だから、先延ばしを選択します。


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もちろんそれで良いのだと思います。

何も苦しむことをわざわざしなくてもいいと思います。

そのまま持ったまま逝き、あとは子供に託しても、許されるのだろうとも思います。


いつかは誰かがそれを誰かに売却するか譲渡するかをしなくてはなりませんが、何も辛くなる当人がわざわざそれをしなくても良いのだと思います。


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いざとなれば固定資産税を滞納して、そのまま州に寄付するから、、。

まさか、、、。

僅か数千ドル程度(日本円で100万円以下)の市場性の土地不動産に対して、郡役所はそうそう競売を行うことはできません。

税金で予算を組む役所ですから、赤字となる業務はそうそう許可されないのです。

だから固定資産税を滞納していくと、今はもう延々督促と延滞利子が加算されていくだけです。

抵当権は何重にもつきますが、しかし一向に競売とはなりません。


州も郡も没収はしません。

没収してしまうと、役所がその土地区画の固定資産税の支払い義務者になってしまうからです。

だから延々そのままです。

そのうち市場価格より滞納額が多くなり、あとはもうどうしようもなくなります。
所有者は不名誉な延滞者としてずっと記録に残ったまま、そのままです。


今そういう土地区画がプナ地区にはたくさんあります。

草木がぼうぼうで、隣人へ被害をもたらしている日本人所有の土地区画がたくさんあります。

もちろんこれからもずっとそのままでしょう。


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僕の「相談室」では、相談者に対し性急に答えを求めたり、ましてや強引に誘うということはしません。

きっとその真逆です。

その意思はあくまで先導することなく、自発的なものでなければと思っています。


でもこの溶岩流のことが起こってからは、時々、果たしてそれが正しかったのか分からなくなる時があります。


現実に、実際、昨年の秋口以降、南プナ地区の不動産はほぼ市場が無くなってしまっています。

して今奇跡が二度起こり、130号線の寸断が回避されたとて、しかしこういうことがあった地域に、やはり現実にはそれ以前の市場性を求めることはもう叶わないでしょう。


本当は不要なのに、でも購入時との金額と実際の市場金額とのあまりに大きな差の中で、その決断を延ばし延ばしにしていた方たちのその自主性を、僕はずっと尊重していました。

大丈夫、気の済むまで考えて下さい、いつまでも待ちますから、とそう伝えていました。


しかし、、、今は例え売りたいと決断されても、そもそもその市場が無くなっているという状況です。


予想もしていないことでした。

でも確かにこれは現実に起こったことです。


そもそも不要だったら、もう建築も何もすることはないと思ったなら、やはりその時点で売却するべきでした。

できなくなるということもある、今回それを初めて知りました。



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これからは、このハワイ島プナ地区に家や土地を所有している日本の人たちにとっては、思案するべきことはますます多くなるのかもしれません。




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現実としては、まず火災保険の内容ががらりと変わることになります。

次の更新の時には、だからカバー額などを要チェックです。

おそらくディダクタブルというのも入っているでしょうから、そういうことも知っておかねばなりません。

ディダクタブルというのは、米国の保険ではよくあるもので、例えば健康保険でもこういうのが入ったタイプのがあります。(余談ですが僕がサンフランシスコに住んでいた時は、裕福ではなかったこともあり、いろいろなタイプの保険を調べて、結果1500ドルディダクタブルの保険に入りました。風邪くらいでは病院には行かないから高いフルカバーはいらない。だから医療費が1500ドルを超えるような大きな病気の時だけ保険がカバーされればいいと。つまりそれ以下は保険適用外で。)


今までの火災保険なら、フルカバーで、例えば溶岩流が流れてきて火事となっても、保険が満額下りるとなっていました。
でもいくつかの火災保険会社では、この溶岩流の件以後の更新では、既にディダクタブルを適用し、つまり例えば5万ドル以上の被害でないと保険はおりない、ということだったり、所有者にとっては厳しい内容のものになってきています。

もちろん今後は年々課税評価額自体も下がってくることになるでしょうから、余計に保険適用の額も低くなり、そして反比例してディダクタブルの率が高くなっていくことになるのでしょう。



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ところで、日本人の所有者は結構火災保険に入っていない人が多かったりするのですが、その反面本土から移り住んできた米国人は当然のようにほぼ皆入っています。不思議な現象です。
日本人にとっては、そこは別荘だから、、、なのでしょうか?


保険が無いということは、当然燃えたらそれきりです。


保険の本場、そして元来土地の価値はあまり認めず、造成しインフラを整備し建物を造りはじめて不動産価値となる米国ではやはり火災保険は必ずあって然りのものです。


考え方なのでしょうが、不思議な感じがします。
でももちろん考えた末のことなら、それは考え方だと思い尊重されるべきでしょう。



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でもその理由が、知らなかったから、、では、どうでしょう。

1年2年ならそれもまだ理解します。

しかし10年も経ち、知らなかったから、では、やはり済まないのではと思います。


所有した以上は責任が発生します。

火災保険に関わらず、所有した以上は、様々なことに対して「知る責任」があり、「する義務」もあるのは当然のことです。



冷たい言い方だとは思いますが、何十年も経ち今だに自分は騙されたから、被害者だから、では済みません。

そもそも被害を訴えるにしても時効というものもあるのです。


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さてそれでは20年も所有し続けていて、今何が知りたいですか?

いつ値上がりするか、ですか?



値上がったでしょう。

あのリーマンショック前にグーンと値上がったでしょう。



はい、気持ちは重々理解します。

例え当時の本当の市場で日本円換算で100万円にも満たなかったとしても、自分が実際に購入した支払ったのはその10倍近い800万円900万円だったのだから、、、。

だから例え米国住宅バブルの際にそれが400万円になったからといって、でもそれだけでは自分が支払った金額の半分にも満たない、、、とその時を逸したとして、、、はい、気持ちは理解できます。



でもそれでは出口は永遠に現れません。

しかもバブルというのは日本でもそうであったように、再び訪れることは、少なくても我々の生存中は無理でしょう。


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「今」を生きる必要があります。


「今」だけを想う必要があります。

過去は過ぎました。未来は不確定です。


今ある条件で、その中で最大限のことをした方がどうしたって建設的で健康的です。

何事も放置して留めて置くより、踏ん切りをつけ別のことをして楽しんだ方が良いというものです。




例えばいっそ、発想の転換で、不動産にこだわるのを止めるのはどうでしょう?

好きだったのはハワイであって、そもそも不動産ではなかったのでは?


だからハワイ島が大好きなら、30年もほったらかしの土地を売り、その売った現金で例えば今品不足で貴重なコナコーヒーを買い、それをネットで売ってみるのも例えばどうでしょう?おもしろいのでは?
現地の人とも文化とも交流できますし、お金だって少なからず生むでしょうし。

何でもいいのです。ハワイ島と繋がれるのです。
いろいろあるのです。キルトだって、はちみつだって、不動産以外の宝物もあの島にはまだまだたくさんあるのです。

ハワイと繋がる方法はいろいろあるのです。



少なくても土地不動産ではハワイと繋がれないことはもうはっきりしたのでしょうし、、。


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そもそも、土地を売る際には、売れるまで一銭の持ち出しも無いのが米国の不動産取引の良い点です。


無料で、持ち出しなしで、売り出しておけるのです。


売れたら、かかったものが差し引かれて決済金が指定の銀行口座へ振り込まれてくるのです。

つまりあなたが事前に支払うお金はまったくないのです。


売りに出さねばそもそも始まりません。

そして売り出しにお金はかかりません。


売れたら、次のこと、大好きなハワイ島の不動産以外の宝物を掘り出してみてもいいのです。


騙されたことは不幸なことでした。

でも諦めたらそこで終わります。

あんなに大好きだったハワイを見聞きするのも嫌になるのは辛いことです。


そもそも目的は不動産ではなかったはずです。


ハワイそのものが目的だったはずでしょう?

あの雰囲気全てが。




いろいろやってみましょう。

思いつくままにいろいろやってみましょう。


チョコレート、コーヒー、パパイヤ、フラ、キルト、料理、言葉、、、、、

輸出入もできるでしょうし、ネット講習も可能です。
そういう時代です。


楽観と達観です。

何とかなります。

まずは変わろう、やろうとすることです。

もちろんその時には「海外ロングステイ相談室」も誠心誠意お手伝いいたします。


きっと良い年になります。

奇跡は確かに起こったのですから。


アロハの想いをかの地の友たちへ
Aloha, Our thoughts go out to our Ohana in Pahoa.

笹本正明

海外ロングステイ相談室






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2018年04月19日

富裕層/成功者たち

僕のしている仕事は、ハワイ不動産やハワイロングステイに関わるということもあり、いわゆる富裕層の方々、会社の社長さんなど、社会的に成功者とされる人たちとの関わりが多くあります。
しかもスーツで応接室で商談ということではなく、お互いにビーチサンダルで、ズズッとプライベートのまん真ん中での関わりとなるため、かなり深い部分でのお付き合いともなります。

そうやってここ10年そういう人たちとのお付き合いの中で見えてきたことがあります。

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実際こういう仕事をしていなかったら、僕の生活上では決して接点のなかった人たちばかりです。

そういえば、僕のど貧乏カリフォルニア青春時代も、そういう普段では決して接点のなかった人たちとの関わりがあった10年でした。
あの時は、例えば領事とか商社の駐在員とか、いわゆるエリートと呼ばれる人たちとの関わりが割とありました。
彼らは、決して声を荒げることなく落ち着いた風で人当たりが良く、尚且つきちんと学校で学んだ風な難しい英語を話し、また物怖じせずアグレッシブにアメリカ人相手に仕事をしていた姿が印象的でした。それは僕のイメージする正に秀才像そのもので、きっとこういう人たちが日本を動かしているんだなと思って見ていたものでした。

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一方、今現在僕が出会う「成功者、富裕層」たちは、アメリカ時代のエリートたちとはガラリと違っています。
その人たちは間違いなく成功者であり、例えばいわゆる事業家という人たちではあるのですが、誤解を恐れずに言わせてもらうと、アメリカ時代の彼らとは真逆に一見結構バカっぽかったりします。
いや、言い方が非常に悪いですね。

まず一つ言えることは、彼/彼女は知らないということを、どうやら恥ずかしいことは考えてはいないようです。
とにかく彼/彼女は知らないことに出会うと、躊躇なくどんどん訊いてきます。
どんどん訊いて、更にはそこから派生して、また別の質問をもしてきます。尽きることがないのです。

そういう時の彼/彼女は、まるで純真な子供のようです。
子供と同じですから、そもそも訊くことを恥ずかしいと感じるような概念などないのだと思います。
そんなことよりも「知りたい」という欲求に我慢ができないのでしょう。
そして一つを知ったら知ったで、その相乗効果でもっと別の疑問が溢れるように生まれてくるのだろうと思います。

きっとその頭の中はいつも目まぐるしく動いているのでしょう。
常に知りたくて知りたくてもう我慢できないとなっているのでしょう。

そう、彼/彼女の最大の特徴は、我慢ができないことだと思うのです。
思い立ったら即行動となります。常に「今すぐ」です。今それを知りたい、今それをやりたいと。

そういう彼/彼女は同時に愛されキャラでもあります。
純粋な子供のように、目をキラキラさせて人の話を訊く彼らは、愛おしい存在と映ります。
自分の話を真剣に聞いてくれる存在は誰にとっても喜ばしいものです。
ましてや彼/彼女は、社会的な成功者/富裕層なのです。そういう人が自分の話を、無垢な子供のように聞いてくれるその姿は、確かにプライドをくすぐられ誇らしい気分にもなることでしょう。

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でもやがて変化が出てきます。
止まることなく「もっと、もっと」となる彼/彼女、「いつやります?今?明日?」となる彼/彼女です。
やがては、もうついていけないとなるかもしれません。もう疲れたよとなるかもしれません。

彼/彼女に悪気などこれっぽっちもありません。
ただ単に知りたい気持ちとやりたい気持ちを我慢できないだけなのです。


それから、彼/彼女のもう一つの大きな特徴としてその記憶力があります。
知りたい、そして教えてもらう、納得の行くまで質問し身につけ、それを記憶します。そしてそれをもう忘れません。特に数字のことなら余計に忘れません。彼/彼女は記憶力が高く、且つ非常に数字に強いのです。

今日の知識と昔の記憶がどこかで結びつき、それがまた新たな疑問と興味を作り出します。また別の欲求が生まれます。そしてそれを我慢できません。
だからともすれば、昨日あれだけ夢中になったことでも、今日になるとすっかり変わっていることも常です。
膨大な記憶をベースに頭の中がずっと動いている優秀性と、無垢で素直すぎるくらいな純粋性とが相まって、常に興味の対象が変化していくのです。
それは正に本当の意味で「今」を生きるということなのかもしれません。

彼/彼女にとって大切なのは常に「今」なのです。
今日の、今の情報が一月後も有効とは限りません。昨日の誤りに気が付いたら、やはり即訂正した方が良いのです。でも普通の人は周りのことを考え、なかなかそれをすることはできません。

彼/彼女の周りの人たちは実に大変です。何しろ常に変化変化なのですから。
だから皆が皆、彼/彼女と付き合えることにはなりません。
大抵の人は、時間の経過とともに、すごく良い人→もう付き合いきれないへと変化し、彼/彼女のもとを去っていくことになります。
残った人たちは、彼/彼女のチャーミングさに、とんでもなく魅せられた人たちだけです
実際、純真な彼/彼女は、実にチャーミングなのです。裏表がなく、人の話を興味深く訊いてくれ、感動のあまりに涙まで落とすのです。
まるでそれは教祖のような風でもあります。
いずれにせよカリスマです。

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凡人は、とかくついつい周りのことを気にしてしまいますし、先々のことも考えてしまいます。(どうせ当たりっこないのにです。)


彼/彼女のように、本当は空気なんて読む必要などないのだと思います。

幾人かの彼/彼女と接してきて思うことが、シンプルに今だけを生きること、それこそを見習うべきことなんだろうなあと思います。
だって何より彼/彼女は幸せそうなのです。
確かに実にチャーミングなのです。

彼/彼女は決して人の悪口など言いません。自身の自慢話もありません。
おそらくきっとそんなことには興味はないのでしょう。そんなことよりも、「今」なのでしょう。
楽しそうなものがある、そうなるととにかく寝ても覚めてもそれに集中してしまうのでしょう。


彼/彼女にしても時には失敗もします。いえ、その失敗の数はかなり多いようです。
その失敗話を、僕は幾人かの彼/彼女から時々おもしろおかしく聞かせてもらっています。
二億円損したとか、勧められて山を買ったけど騙されて大損したとか、もちろん僕にはまるでドラマの中の話のようです。スケールが全くに違います。
失敗して2週間ずっとショックでソファーに死んだように寝込んでいた。そしてようやくに復活したよ、と。
でも数週間後すっかりまた「今」に生きています。また新しい興味を見つけたようで、その話を嬉々としてしてきます。

彼/彼女は僕がアメリカ時代に出会った秀才エリートたちとは違い、学歴も普通かそれ以下で、また数多くの失敗もしてきた人たちです。山あり谷ありできた彼/彼女であることが多いように感じます。

彼/彼女の最大の特徴は、その行動力です。
思いついたら即行動です。とにかく今です。すぐやるのです。
そしてどんどん周りを巻き込んでいきます。そのパワーたるや、そこが全くに違います。
その上でうまくいくこともあるし、うまくいかないこともあります。
うまくいかない場合には、また次へです。切り替えも相当に早いのです。

今を捨て新しいことに踏み出すことは、普通はなかなかに躊躇するものでしょう。
常人はどうしても先のことを考えてしまいます。そして思います、もしうまくいかなかったらどうしようと。
それは失うものが大きい秀才エリートのみならず、一見失うものがそれほどになさそうな人でも実は同じです。

人は失うかもしれない怖さ以上に、慣れ親しんだものを離れる、つまり未知のことに対する不安というものが一番恐怖なのかもしれません。

でも彼/彼女は違います。面白そう→やろう、やりたい、我慢できない、となるのです。
彼/彼女の中には不安などないのだと思います。

不安とは先を想像するから感じてしまうことです。
しかし彼/彼女はそもそも「今」にしか生きていないのです。
だから彼/彼女には「将来」への不安など考えないし、「終わったこと」への「過去」への執着すらないのです。

ただ潜在意識の中での何かはあるのだとは思います。
それはおそらくは「成功体験」というものかもしれないと思うのです。
彼/彼女は、数多く失敗もしてきたけど、大きな成功も同じようにしてきています。無理だと言われるようなことを成し遂げた経験があるのです。それは潜在意識の中に「できる」という自信を植え付けることへも繋がっていくのだと思います。


この「成功体験の有る無し」というのはとても大きいのだろうと思います。
例えば小さい頃、逆上がりができなくて、でも何度も練習してようやくにできた、赤点ばかりだったのが一念発起して志望校に合格できたとか、例えばそういうこと。

他方、ずっと何でもできていた秀才たちは、できなかったことがそもそもないでしょうし、あるいは、できないまま、途中で挑戦をやめてしまった人たちには「できた」という体験がありません。

そういう人たちの特徴の一つには、良い時は良いけど、一旦悪くなるともうずっと再浮上してこないということになりがちのような気がします。
ずっとエリート街道できたのが、何かの拍子に初めてつまずき、そのまま自殺の道を選んでしまうとか。
あるいは、たまたま偶然うまくいっていただけが、でも偶然が途切れ一旦つまずいてしまうと、途端卑屈になってしまうとか。

彼/彼女の特徴の一つとして、逆境に強いということもあります。
多くの彼/彼女は、例えば死にそうになったことがあるとか、事業を複数回失ったとか、大金を騙し取られたとか、そういう経験があったりします。そしてそこからまた何度目かの「今」のこの成功であることが多いようです。少なくても1回目の成功で彼/彼女にはなり得ません。

良い時に良いのは当たり前です。良くなくなった時こそが真価です。そこからどうやってまたやっていくか、その時をどうやって過ごしていくかです。

逆境に強いというのは決して、我慢強いとか、そういうことではないと思います。
例えばそれは別の何かをまた見つけられることだとも思います。
素直におもしろいものを感じることができ、純真にそこへ楽しみのめり込んでいける、そういう無邪気さのようなもの。
そういうことかなあと思います。

空気を読まずに、そういう彼/彼女に学ぶことは多いです。
恥ずかしいとか、周りへの迷惑とか、きっとそういうことよりももっと別のことを考えた方が良いのでは、と最近頓に思います。

目の前のことをやる、とにかく今この目の前のことをやる、
あとはその先に何かが待っているから、

何が待っているのでしょう、今のこと目一杯やりながら、楽しみにその時を待ちたいと思います。


追記;それにしても彼/彼女たちの存在は、どれくらいの割合でいるのでしょう?子供のままのその様は実に魅力的ではあります、でも2週間以上一緒にいるとこっちはぐったり疲れます、、😅 なのでこちらも最近は少しは学習して、緩急をつけるようにはしています。



「海外ロングステイ相談室」ができて、今年で11年目となりました。
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笹本正明

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